マリー、バンシィになる
「あの人、暴れすぎてここら辺から離れないといいけど・・・」
アリシアはマリーの様子を見ながらつぶやいた。彼女の容態は少し前から安定し、聖術で回復させる必要もなくなっていた。
一時の危篤状態から脱し、呼吸も顔色も安定している。
そんな中でアリシアはこの家と周辺の家を護る為に手甲一つで飛び出した夫を心配していた。
「エルドさんなら先程騎士の方と話してましたね」
「そうなんですか、無事なら良かった」
エルドがそうそうやられる訳もないと思いつつも黒雲の存在を察知していたアリシアはその不穏さに心配せずにはいられなかった。
「!」
そんな中、突然その気配が消えて窓から差し込む光が強くなった。
「黒雲が晴れていく・・・」
「良かった、あれならじきに街に出てきた魔物も退治されるでしょう」
アリシアは結界の強度を確かめつつ、大きく息を吐いた。
緊張し通しの朝が終わりつつあった。
『うぅ、うぅっ』
マリーは地下室の結界の中で泣いていた。戦いは終わりに向かう中で彼女は倒れた人々の為に泣き続けていた。
悲しみが溢れるまま、倒れた人への祈りの代わりに泣き続ける。
その泣き声は最初こそ剣戟の音や怒号に掻き消されていたが、妖精食いの掃討が終わりに近づくにつれてその悲しい声は街中に響いた。
「バンシィの泣き声が聞こえる・・・けど、他の音は聞こえないな」
街の人々は恐る恐る外に出て様子を伺っていたが、やがて騎士達が掃討戦の終了を宣言し、警戒態勢に移行した。
不要不急の外出はまだ許可されないものの、大通りに少しずつ人通りが増え始めると街の住民たちはこの戦いで起こった被害の修繕や片付けに動き出した。中には家の中に入られ、妖精食いに襲われた家もあったようだったが彼らはその家屋に入り、騎士達に混じって生存者の捜索を手伝う人もいた。
「逞しいもんだな」
騎士達は同僚の遺体を集めながらつぶやいた。命の危機を感じていた彼らもそれが過ぎ去ればまるで何事もなかったかのように営みを取り戻していく。
「俺たちの仕事の成果だ、皆が頑張った成果さ」
「そうだな・・・」
騎士達は彼らが犠牲者に手を合わせて祈る姿に心を痛めつつも仲間の遺品を拾い集めていた。
「あの・・・」
そんな中、仲間の遺骸の為に敷き布を敷いていた騎士に老婆が声を掛けた。
「なにかありましたか?」
騎士が返答すると老婆は花束を抱えて立っていた。そしてその内の一輪を手にとると騎士に差し出した。
「これを、手向けてあげてください」
「これは・・・どうも」
老婆は騎士が花を受け取るのを見ると頭を下げて礼を述べた。そして騎士の遺体に歩み寄るとその遺体にも花を手向けていった。傍に立っていた騎士がそれを見て礼を言うと老婆は悲しげな表情のまま言った。
「バンシィが泣いています、善き人だったのでしょう。使命の為に命すら投げ出して・・・」
「それは・・・」
騎士はそう言うと少し言葉に詰まった。彼らは使命を全うして命を落とした。しかし彼らはどちらかと言えば訓練にも熱心ではなく、人間的に問題のある者も多かった。実際此処にいる彼らはその未熟さ故に命を落としたわけでもある。しかしバンシィの泣き声はそんな不都合すらも覆い隠して・・・。
(言わぬが花・・・か、しかしバンシィのおかげで彼らは名誉ある死という奴を手に入れたわけか)
騎士はかつてバンシィの騒ぎの際に父親が騒動の鎮圧に駆り出されていったことを思い出していた。
若かった騎士は騒動の原因となったバンシィにあまり良い感情を持っていなかったが市民たちが同僚に手を合わせて祈っている姿を見てその考えを改めることにした。
「死者の名誉の為に泣く・・・か」
それはとても大事なことだと騎士は思った。そのお陰で彼らは生前の悪評を知られることなくこうして高潔な騎士として送られるのだから。街に響く悲しい声に耳を澄ませながら騎士は通りを眺める。
自分の事もこうして悲しんでくれるだろうか、そんなことを考えながら。
「ふんっ!」
エルドはマリーの家の近くで残った妖精食いを仕留めていた。アリシアが街に行った事を知って手甲を手に妻と娘の友人とその家族、ひいてはそのご近所さんを護るためにやってきていた。
そんな中で戦いつつもエルドの頭には常に我が子とその友達であるマリーの事がよぎっていた。
(あの子は無事だろうか・・・ルナも・・・)
エルドはむん!と力むと自分に纏わりついていた妖精食いを振りほどいて地面に叩きつけるとまるで仁王像のように踏みつぶした。
「お見事です」
「なに、騎士隊の皆さんほどではありませんよ」
妖精食いをほぼ素手で殴り殺しながら言うエルドに騎士隊は感心を越えてちょっと引いていた。
(素手で殺したぞ・・・)
(元・治安維持部隊ってこんな人ばかりなんだろうか・・・)
本来ならば効果の薄い瓦礫や素手の攻撃も彼の魔力を帯びた状態では立派な凶器である。
人間離れした膂力をもって振るわれる拳は魔力という殺傷力を上乗せして一振りするたびに妖精食い達は無惨に命を散らすことになった。腕や肩に食いついた彼らも戦闘時でパンプアップした筋肉の鎧を越えることは難しかったらしくあちこちに小さな噛み跡を残すのがせいぜいだったようだ。
「け、経緯はともかくあなたが此処に居てくれたおかげで周辺は安全でした」
ありがとうございます、と騎士がお礼を言うとエルドはいやいやと手を振って
「なに、私も魔法局の人間。こういった時にお手伝いをするのは当然の事ですよ」
と笑うばかりだった。




