悪魔の逆鱗
マリーが力なく目を閉じたのを見て妖精食いは大きく口を開けて飛び掛かった。
『っ!』
マリーはぐっとそれを堪えながら待った。
ドシュ!
何かを貫く音と共に血が飛び散った。だがマリーは自身に何も起こっていないことを感じて恐る恐る目を開けた。
『GA?GYAGYA?!』
長く伸びた鋭い蜘蛛の足がマリーに飛び掛かった妖精食いを貫いていた。
『・・・ルナちゃん・・・!』
へなへなと体から力が抜けてマリーはその場にへたりこんだ。助けに来てくれたのだ。彼女が。
『オオオオオオオオオッ!』
地下室の扉を引っこ抜き、周囲にいる妖精食いを蹴散らしながらやってきたのは悪魔の姿を現したルナだった。
背中から伸びた足はまるで独立した生き物かのように妖精食いを串刺しにし、引き裂いた。
『ひぇえ!じょ、上級悪魔ッ!?』
妖精食いどころではない怪物を前にバンシィたちは腰を抜かしていた。
蜘蛛の要素を全面に出した彼女は間違いなくこの場に置いて絶対的な狩人だった。
背後から飛びつこうとした妖精食いが容易くたたき伏せられ、数本の足がバラバラにした。
糸に巻かれて動けなくなったものを鋭い爪が穴だらけにする。蜘蛛の足から放たれた火の魔法が爆発を起こすことなく、触れた妖精食いを包み込んで蒸発させる。
「マリーちゃん・・・大丈夫?」
『るな・・・ちゃ・・・』
安堵して笑顔を見せたマリーだったが喉に溜まった血を吐き出したのを見てルナは慌てて駆け寄った。
「ち、血が!そ、そんな・・・!」
『の、ど・・・いた・・・だけ』
「ちょっと待ってね・・・!」
ルナが手を翳すとマリーの体を淡い光が包み始める。するとマリーの体に溜まっていた疲れと痛みが水が引いていくように消えていった。
「これで、大丈夫なはず・・・」
『ありがとう、ホントに・・・来てくれてありがとう』
「とっても心配した・・・ほんとに・・・無事でよかった」
ルナはマリーを抱きしめると心底安堵した様子で目を潤ませる。
(いけないことなのにな・・・えへへ・・・)
マリーはそんなルナを見て、悪いとは思いつつも嬉しくなった。自分が危ない目に遭う事をこんなにも悲しんでくれるだけじゃなく、助けにまで来てくれる。こんなに嬉しいことはない。
「ホントに・・・」
『ルナちゃ・・・むぐっ』
マリーを抱き寄せる腕に力が籠る。それからゆっくりと、大切なものを扱うように肩に手を置いてマリーを立たせるとルナは怒りを示すように牙を剥いた。瞳は怒りを表すように瞳孔が縦に裂けて鋭い眼光を放っている。
「あとは奴らを・・・!」
マリーを傷つけようとした事、そして街に危険を齎そうとした事にルナは憤っていた。あの時と同じように、奴らを生かしておいてはマリー達が、そして街の人が危ない事を知って。
しかしそんなルナの顔をマリーは両手で優しく包んで声を掛けた。
『そんなに怖い顔をしてはダメ』
「むっ・・・マリーちゃん」
『あなたは、恐ろしい悪魔なんかじゃないの。だから、そんなに怖い顔をしちゃダメだよ』
ルナはそんなマリーの言葉に一瞬キョトンとしたが、すぐに笑みを浮かべて困ったように息を吐いた。
「もう・・・マリーちゃんは優しいんだから」
『人に施す優しさは人に香水を振る事に似る・・・って奴だよ。ルナちゃん』
ルナは滅多に怒らない。激情というよりのんびりとした性格の彼女を激怒させることは難しいくらいだ。
だが何事にも例外はある。ルナの逆鱗ともいうべき事。それは彼女の宝物に手を出す事。
その宝とは言うまでもなく彼女の大切な人達だ。その人々が傷つけられた時、その怒りはまるで枯れ野に放たれた火の如くあっという間に燃え盛る。
悪魔の特性を受け継いだ彼女は自身の体に宿る大百足の財に関わる権能が合わさり、その際には非常に獰猛になる。
その激情を抑える事ができるのは彼女が大切にする者たちの言葉だけだ。
「それでも、アイツらはやっつけないと」
『うん、それはもちろん大事なことだよ』
マリーはふと、頭に自分を捕えた魔法使いの事を思い出した。
(たしか・・・ギュントって・・・魔法局がどうとか)
しかしルナを前にマリーは流石にそれを口に出すのは思いとどまった。犯人は確かに捕まえないといけない。
それでも今のルナにそれを告げたらそれこそ怒りに飲まれてしまうだろう。
そうなれば助けに来た者が大きな被害を出す災害になりかねない。もしくは怒るルナを見てこの騒ぎの主犯だと思われかねないと思ったからだ。
(ディーン先生に調べてもらおう・・・)
そう思いながらルナをじっと見つめる。ルナに自分も同じように心配していることを伝えておかないといけない。
ルナは強い、そして体が傷つくことを恐れない。それはマリーも知らないルナの過去の経験と、悪魔という特殊な体がそうさせるのかもしれない。
『だからって、危ない事しちゃダメなんだよ・・・?』
「うん・・・わかった」
そう言って手を離すとルナは普段のような穏やかな表情でマリーを見ている。その様子を見てようやく安心したマリーは笑顔を見せた。




