妖精を助ける!
黒雲がいよいよもって大きくなり始めた。普通ならば大雨でも来そうな状況だが吹いてくるのは生臭い風ばかりだ。
「ワシの鼻にも届いて来やがった」
アダムは生ぬるい風に死臭を思わせる臭いが混ざったのを感じ取って眉間に皺を寄せた。
「戦地からトンズラした時は大抵こんなもんだったな」
二人を連れて徐々に近づく中、アダムは懐にある短刀に目を落とした。
(人ならともかく妖精に効くかな・・・鉄といや鉄なんだけどな)
上質な鋼を用いた短刀は折れず曲がらずでアダムを良く助けて来た。しかしてその相手は道理の通じる相手、人間ばかりだ。
「先生、一応祈っときましょうか?」
「・・・そう言えば僧侶の卵だったな」
なんかオマケつけときましょうか?みたいなノリでアダムの短刀に僧侶の加護が施される。
気休め程度の気持ちで加護を受けるとアダムは短刀を仕舞って、屋敷の入り口に立った。
「フラウステッド、僧侶たちのおかげか人目がほとんどない。相手が相手だから物陰で変身することも視野に入れて行動しろ」
「わかりました」
「クインク、お前さんもだ。お前さんの場合は使い魔だから誤魔化す方法は多いからいざとなったら躊躇するな」
「はい!」
アダムは二人に指示を飛ばし、屋敷の正面の門を開けた。
「ぐっ!」
思わず声が漏れるほどの濃い悪臭がアダムの顔に吹き付けた。生臭い、生き物が腐って放つ死臭だ。
なぜこのような事がと思ったアダムは門の下、その地面に刻まれていた紋様を思い出した。
「妖精を閉じ込めるまじないが最悪の効果を発揮したな・・・!」
後ろについてくるルナの目が変化し、八つの目が周囲を見渡した。死臭を放つ主は物陰に、そして屋敷の中へ侵入を試みようと玄関を引っ掻いている。このような恐ろしい事態に陥るまで見えなかったのは先ほどの紋様の仕様だろう。
隠蔽、捕縛・・・この二点が最悪の相乗効果を生んでいるようだ。
「あちこちにいます・・・!」
「フラウステッド、クインク。戦闘になるぞ、構えろ!」
足を踏み入れた三人を逃がさないとばかりに門は一人でに閉じていく。しかし皆、それを振り返ることもなく武器を構えた。
マリーを助けずには帰るわけにはいかない。やられるわけにも。
「くるぞ!」
アダムが杖を振った。火の塊が飛び、黒いガス状の塊に直撃するとそれは燃え上がって正体を現した。
白く濁った瞳と鋭い牙、犬とも猪ともつかない異形の怪物が燃えながらもがき苦しんでいる。
「これが妖精食いか・・・食らいつかれると人ではどうしようもないな」
「マリーちゃんはどこなんでしょう?」
「わからん、だがこいつらを放って置けんことは確かだ」
一頭がやられたのを見て周囲の妖精食いは牙を鳴らして集まり始めた。クインクは魔力を解放して戦闘態勢に入っている。
「ある程度倒したら残りは私が引き受けます、二人はその間にマリーさんを探してください」
「心得た」
「わかった!」
クインクが火で出来た鞭を振るうと同時に二人は火球を飛ばして取り囲もうとする妖精食いを片端から打ち払っていく。
「やぁぁぁぁぁっ!」
クインクが腕を振るうとそれに合わせて鞭が火花を散らしながら妖精食いを強かに打ち据えていく。そのたびに破裂音が響き、黒い血しぶきが迸った。
「火が手っ取り早いが外すなよ!火事は困る!」
「分かってます!」
正面をじりじりと押し込んでいくクインクを援護するように左右からルナとアダムが火球でクインクの後ろを取ろうとする妖精食いを排除していく。ルナの攻撃はやや威力が過剰なのかアダムは必中を心がけるように指示を飛ばしつつ周囲の状況把握に努める。
「屋敷の妖精を狙っているのか・・・?だがこの様子だと人を襲うのも時間の問題だな」
普段ならば姿を見せないブラウニーたちが窓の外を震えながら見ている。自分達の動きを追っているところを見ると助けが来たと見て期待しているのだろうか。本来ならば彼らも魔除けを持ってきたいのだろうがそのためには一度外に出ないといけない。
しかも窓などは無防備なため玄関を塞いでも中庭に入ってきた奴らは諦めない。さらに悪い事には奴らは紋様のせいで外に出られない為に屋敷の妖精たちを狙うしかないのだ。
『な、なにが起こったの!?』
不意に走った悪寒と共に屋敷が揺れたような感覚に襲われてマリーは飛び起きた。
バンシィたちもただならぬ様子に周囲を伺っている。
『なんてこった・・・妖精食いがやってきた!』
一人がそう言うと周囲のバンシィたちは口口に恐怖に怯えた様子で騒いだ。
『私達を食い殺しに来たんだ!』
『なんてこった、あの人間はあたしらを餌にするつもりだったのか!』
かたかたと瓶が揺れる中、マリーはふと見知った何かを感じ取った。
(魔力・・・?この感じ・・・そっか、今ならすごくわかりやすいんだ)
誰かが自分の体力を温存させるために力を送り込んでくれていたのが知覚できていた。
それと似た感覚が離れた場所から漂ってくる。
(知ってる感覚だ、あの時の・・・とんでもない魔力!)
マリーは強大な魔力、悪魔が放つ魔力を感知した。見知った、彼女の魔力を。
『ルナちゃんが来てくれたんだ・・・やった・・・』
ホッと、胸をなでおろしてマリーは周囲を見渡した。バンシィたちは怯えているがそれをまず落ち着けなければならない。そして彼女達の拘束を解いて、ルナの元へ向かわなければ。




