待てども
マリーはそれから瓶の中で蹲って過ごすしかなかった。
瓶の中だからか、それとも肉体を抜け出しているからか寒さかマリーを襲っていた。
『さ、寒い・・・』
手を擦り合わせても体どころか手すら温かくならない。実体がないので仕方ないのかもしれないが、その事がマリーを酷く不安にさせた。
『このまま、ホントに帰れるのかな』
呟いた一言がさらに自分をさらに不安に追いやった。
どうしようかと思っていた時にふと、自分の体が温かくなった気がした。
『?・・・なにこれ?』
胸の辺りからじんわりと温かくなっていくのがわかる。
まるでお湯に浸かっているような感覚がマリーに僅かな安心感を与えてくれた。
「魂の繋がりはまだはっきりとわかる、でもこのままでは彼女は弱っていくばかりだわ・・・」
マリーの自宅ではアリシアが聖術でマリーに力を送り続けていたが、それがその場しのぎに過ぎないことは誰の目にも明らかだった。
「そんな・・・」
母親が心配そうに見つめる中、アリシアは手を離して大きく息を吐いた。
「ずっと続けられれば良いのだけど・・・そうもいかないから」
椅子に腰掛けるとアリシアはかいた汗を拭った。神官としての才覚は類い稀な物があったがそれでも聖術はそうそう長く維持できるものでは無い。
特に力を直接送り込む事はその消耗の強さの中でも指折りのもの。
「私が力を送っている間は彼女の消耗も止まる・・・けど、その時間は長くはできませんから」
魔法は魔力を消費する。では聖術は何を消費するのか?現役の神官や僧侶は祈りの力で奇跡を呼び起こす。
そしてその奇跡を呼び起こした肉体は聖術に適応し、自分の力でそれを可能にすることができる。
その際に使用する者は術者の体力。コストが魔力に比べて軽いものの、一度消耗すれば回復に時間がかかるのはもちろん、習得そのものが難しい事がネックである。
「聖術はしばらく使えませんので・・・しばらくは結界で御息女を御守りしますね」
アリシアは還俗しているため、加護が弱まっているものの技量と護符でそれをカバーできる。
その証拠ともいうべきか彼女が結界を張った瞬間に部屋の空気に溜まっていた淀みが薄れていくのをその場にいた全員が感じていた。
「これで・・・しばらく、体力を回復する時間が・・・稼げるかも」
そう言うとアリシアはそのまま目を閉じた。
「親子そろって規格外だなぁ」
コロンはその様子を見て呆れるしかなかった。ただその手は滋養強壮剤を調合するために忙しなく動いていたが。
「ふむ、凡その予測はついた」
銀の黄昏の本部では地図とウィジャ盤を交互に見ていたポエトが短く呟いた。
「最有力は?」
「この家だ、ラタスク家・・・三兄弟が相続を争っていたが、今は家に長男が一人・・・おそらく弟たちは家の相続を諦めているのかもしれない」
相続争いの果てに相続権を握った長男が自身の権威付けの為にバンシィを利用している。
それによって身内の骨肉の争いから目を背けさせたいのではとアダムは考える。
「しかしその家は言っては悪いが名家としては普通・・・という奴だろう」
ポエトはそれにふむ、と一瞬考えるそぶりをみせた。
ラタスク家は魔法関係の家ではない。そうであればアダムの耳に入っている、ポエトにもだ。
そして魔法に関係のない家となるともう一つの疑問がでてくる。
バンシィをどうやって捕えた?
妖精を捕えることは容易ではない。追い払うのは簡単だが、意のままにするとなればその難易度は違ってくる。
妖精は実体のない気体のような状態になって身を隠すこともできるし、なにより呪いや加護の類は妖精の得意分野でもある。下手なことをすればしっぺ返しの方が怖い。
手を出したのは魔法の知識がないからだろう、だがどうやってそれを成し遂げたのか?
その事がアダムにもポエトにも不思議だった。
「聖人なら素手で妖精や精霊を捕まえるけど、普通は・・・」
「特異体質でもなければ無理だ。高位の悪魔なら話は変わるが・・・」
予想しようとするとどうにもエトナ―がノイズになる。アイツなんでも出来すぎる。
「手引きしている魔法使いがいるかもしれんな・・・」
「そうなるのかな、だとすると厄介だね」
念のためとばかりにポエトはウィジャ盤を操った。アダムもそれに釣られて目を向けたがそこに看過できない単語が飛び出した。
「妖精食い・・・?」
「おっかないのがきた・・・これは急いだほうがいい。あと、あの悪魔様を連れていくべきだ」
ポエトは珍しく露骨に嫌そうな顔をして目を背けた。
「なぜ?」
「妖精の専門家か、妖精に触れられる人物が必要になる。妖精食いは肉食の精霊の事。君では相性が悪い」
勿論私も、とポエトは身震いした。肉を食らう恐ろしい猛獣がいるように妖精を食らう恐ろしい猛獣が居るようだ。
「聖人が居ればベストだけど彼女はバンシィの騒ぎであちこちと走り回っている。余裕がない」
「なるほどな・・・こりゃヤバいか」
アダムは意を決して窓を開けるとそのまま窓から飛んで屋根伝いにルナの所へ向かう。
そして窓の外で不安そうな顔をしているルナに叫んだ。
「フラウステッド!恐らくこれはヤバい事態だ。ついてきてくれ!」
言い終わるが早いか、玄関が勢いよく開け放たれた。




