妖精攫い
アリシアは寝室に向かうとマリーの傍に腰を降ろして彼女の額に触れた。
「魂の繋がりが弱まっている、これは何か外部の要因があるのは間違いありません」
コロンとアダムは悪い方向に自分達の予想が補強される回答に頭を抱えた。
「魂の繋がりを弱める要因には彼女が何か魔法的な力で封じられている可能性がありますね」
アリシアはそう言うと手を組んで祈り、その後に手をマリーの額と心臓の位置に置くとその手がほのかに光り始めた。
「私の力でどこまで力になれるかはわかりませんが、聖術で彼女の魂を補強してみます」
そうして暫くの間目を閉じて熱心に作業を続ける。
「よし、それでは此処は彼女とお前に任せる。ワシはこのまま彼女を探してみる」
「わかりました・・・そうだ、アダム!バンシィは川によく現れるそうだ」
闇雲に探すよりそこがいいよ!とコロンに言われてアダムは返事もそこそこに家を飛び出した。
「川か・・・たしかバンシィは川べりで髪を梳いて・・・」
バンシィの伝承にも残る動作の一つだ。アダムは人通りが増え始めた川沿いの道を歩く。
すると・・・。
「なにか光ったな・・・」
川ぞいに生えている草に何かが光った。近づいてみるとどうやら櫛のようだ。
「銀で出来た櫛か・・・これはもしかするとクライグスのものか?」
拾い上げると通行人がアダムを心配して声を掛けた。そんな親切な人にどうこたえたものかとアダムは悩みつつも
「旦那、悪い事は言わない。バンシィの落とし物を拾うと災難にあうぞ」
「そうしたいところだがそのバンシィは・・・その、なんだ・・・知り合いでな」
「えっ!」
そう答えると通行人はアダムを胡乱な者を見る目で見始めた。
「妖精を追いかけるのが仕事でな、これでも魔法使いなんだよ」
「ああ、それで・・・」
なんでこんな言い訳を・・・と思いつつもアダムは櫛を拾い上げて懐に入れた。
「それに今災難にあっているのは・・・」
「なにか?」
「いえ、なにも」
アダムはそう言うと櫛を拾ってその場を後にした。次に訪れたのは銀の黄昏の本部だった。
「おや、ディーン先生」
「御無沙汰だな。勉強は頑張っているか?」
「はい、ぼちぼちですが・・・」
門をくぐるとそこはさっぱりとした簡素な庭になっていた。余計な装飾は廃棄されるか売りに出されて整理整頓され、アダムが教鞭をとった魔法使いの卵たちが魔法の練習や植物の栽培をしている。
そんな中で声を掛けてくれた一人に用件を伝えることにした。
「総帥はどこに?今日は仕事を頼みたいのだが」
「総帥ですか、それでしたらいつも通り最上階に居ると思いますよ」
「そうか、ありがとう」
アダムは短く礼を言うとそのまま本部の中へと入っていった。
本部の中は以前とは違い、荷物が増えた気がするがそれ以上に活気に満ちている気がする。
人々は熱心に本や実験器具に向かいあっており、そのレベル自体はまだまだ低いものの着実に前に進んでいるのが見てとれた。以前のように後ろ暗い噂話や勢力争いのような馬鹿げたやり取りが聞こえてこないことにホッとしつつ・・・。
「総帥、しばらくぶりかな。元気そうでなによりだ」
「やあ、アダム。君が来たということは昨夜の騒ぎのことかな?」
「鋭いな、まさしくそうだ」
銀の黄昏の総帥、ポエトは机に向かってペンを走らせながら言った。視線はこちらに向いていないがアダムにはそれでも彼がこちらを認識していることを察知していた。
(ドアを開ける前に一瞬動きが止まったな、相変わらず勘の鋭い奴・・・)
精霊の血が流れるポエトは空間に漂う微細な変化を見抜く。そんな彼だからこそ今回の依頼は必要なのだ。
「この櫛から残留思念を読み取って欲しい」
「・・・なるほど、そう言う事」
銀で出来た櫛を受け取るとポエトは何かを察した様子で答える。ルナに怒られて改善したかと思っていたが何かと言葉を端折りたがるところは治っていないようだ。
「この持ち主は妖精か・・・バンシィだね、この子に良くないことが起こったのはわかるよ」
「その良くないことがどういったことかを知りたい、頼む」
触れた際に少し眉を動かした。わずかに触れただけで簡単な情報を読み取ったようだ。
続けて情報を読み取るようにアダムが頼むとポエトは小さくうなずいた。
「・・・むっ」
「どうした?」
「何者かに出くわして、それから突然情報が途絶えた」
「情報が途絶えるだと?」
ポエトはアダムの言葉に頷くとつづけた。
「これは妖精が何かに封印されたかして力や感覚を遮断されたことを意味する」
「バンシィを連れ去る事になんの意味が?」
「普通はないかも、だがバンシィの習性を知る者なら利用するかもしれない」
そう言うとポエトはウィジャ盤を取り出し、ぼそぼそと呟き出した。
「街に住む影なるもの、この街で名家で最も死期が近い老齢なものはいるか?」
ポエトが言うとウィジャ盤のプランシェットはするすると動いて文字を指し示した。
「アットニア家、当主が持病で臥せっている・・・後継ぎはどんな奴だ?」
アダムはポエトの行動を不審に思っていたがやがてバンシィの習性というより伝承について考えることで答えを得た。
(なるほど、貴人の死に大勢のバンシィが集まって泣くという奴か・・・まさかそんな事のために・・・)
馬鹿げている、そう思ってはみたものの貴族やらのプライドという奴は庶民には度し難いところがある。
後継ぎが先代の権威、つまりは自分が受け継ぐ権威を嵩増しするためにバンシィを利用しようとしているのだろう。




