嘆きの行く先は
バンシィの目撃は相次いだ。死人がそれほど多いわけではなかったがそれでも毎年、毎月、それこそ毎日を死期の近い人間が騙し騙し生きていることは珍しくない。バンシィはその中で差し迫った予兆を知らせる存在なのだから。
街の人間はその予兆を知らせる存在を恐れた。家族との別れに備えさせる存在が皮肉にも彼らの中の離別の哀しみを想起させてしまったのである。
「もうだめだ、バンシィが来た・・・ワシはもう死ぬんだ・・・」
老人はバンシィの声を聞いて悲観し、遺書を書き始める。それが杞憂だと気づくのに一カ月ほどかかったり・・・。
「バンシィがお婆ちゃんを連れていっちゃう!」
「私にさっさと死ねってか・・・?いい度胸じゃないかね」
「え、いやそういうつもりじゃ・・・」
要らぬ不和を招いたりもした。そもそもそういう人に限って「善き人」とは言えない人だったりするのも皮肉なもの。死というだれしもが一度しか経験できない事柄だけにほとんどの人がそれに対して右往左往するのも仕方ないのかもしれなかった。
『ダメだ・・・どこもかしこも声が大きすぎて・・・』
マリーは大騒ぎになる街の中で呆然としていた。先ほどの老婆はどう言ったわけか自身で死期を遠ざけてしまった。
その事にホッとしたのも束の間。自分の使命が果たせぬままに夜が更けていく。
大騒ぎしている人々の中には半ばヤケになって魔除けを玄関に吊るすと布団を被って眠る者もいた。
先述した老人のように身辺整理をし終えた人も同様だ。
すると騒ぎも徐々になりを潜めていく。
マリーは喧噪が過ぎ去るのを待って、また川のあるところへと戻っていく。
気配は千々に乱れ、どこに誰がいるのかもわからない。妖精の目は暗闇に強いが街の全ての住所を知っているわけでもない以上、案内も無しに人探しなどできなかった。
『川に戻って櫛を使わないと・・・』
人通りもほぼ途絶えた。これならもう一度対象を探せば上手く行くはず・・・そう思って川べりに立った時だった。
「ほほう、バンシィが本当にいたとは」
不意に声がマリーに向けられた。驚いて振り返ると一人の男性が杖をこちらに向けている。
(魔法使い・・・?!)
妖精といえど魔法で攻撃されれば無傷では済まない。マリーが後退ると彼を中心に魔法使いが数人いるのが見えた。
「狩り出されて居なくなったと聞いていたが・・・随分と運がいい」
男が杖を振り、懐から何か容器を取り出す。
「”妖精よ、この中に入れ”」
容器に書かれた文字が光り始める。すると大きな風が起こり・・・
『な、なにこれ・・・吸い寄せられる・・・!』
マリーの体を容器が吸い込み始めた。
『だ、だれか・・・!きゃあっ!?』
最初こそ抵抗してみたものの侍っていた魔法使いがマリーの足元を攻撃したためついに彼女の体が宙に浮き、容器に吸い込まれてしまった。
『きゃぁぁあぁ・・・!?』
「・・・よし、バンシィは使い道があるからな・・・名家や貴族に恩を売るのにちょうどいい」
容器はがたがたと揺れているが蓋をされ、厳重にそれを閉じられるとやがてその揺れも小さくなっていった。
男たちは周囲を伺いながらもそそくさとその場を後にした。
「おかしい、目が覚めないぞ」
翌朝、両親は未だに眠り続けたままの愛娘を前に不安そうに待ち続けていた。
しかし朝日が昇る段階になってもマリーは目を覚まさず、それどころかどこか苦し気に浅い息を繰り返している。
「なにかあったのでは・・・」
父親は母にマリーを任せて魔法学校へと朝一番に駆けこんだ。
「先生・・・大変だ、娘の意識が戻らない!」
「なんですって?」
昨晩の騒ぎからアダムは警戒しつつも仮眠を短く取って備えていたが心配していた事が起こってしまった。
「校医を連れて向かいます、すぐに戻ってください」
「わかりました・・・」
アダムはコロンを叩き起こしてマリーの自宅へと向かう。
「魔法に関する病気も多少は心得ていますがねぇ、もう・・・朝が早いと困るなぁ」
「やかましい、緊急事態だ」
コロンは妖精や精霊に関する病気や疾患の症例などをまとめた文献などを抱えてマリーの自宅へと向かう。
昨晩の騒ぎのせいか街を行く人々はどこか寝不足な感じである。
「お邪魔しますよぉ、マリーさんはどちらで?」
そう言いながらコロンは母親に案内されてマリーの部屋へ。そして眠るマリーの容態を確認しつつ首筋の脈などを取るとむぅ・・・と唸った。
「どうだ?」
「体に異常はありませんねぇ・・・となると原因は妖精になって漂っている魂に問題が起きたか・・・」
コロンは記憶と資料を照らし合わせながら文献を漁る。
「親御さんの前で言うのはなんだが、魂が抜け出てその際に体との繋がりが弱まったりして・・・それが体に影響を及ぼしてると考えるべきかなぁ・・・」
「・・・となるとクライグスに何かあったということか・・・?」
「おそらくは」
アダムは頭の中で思わず悪態をついた。どうしてこういう悪い予感ばかりが的中するのか。
「魂のつながりを補強する必要がありますが・・・私の専門じゃないですなぁ」
「神官か僧侶の出番だな」
そう呟いたアダム達にドアを叩く音が。マリーの家族が応対するために玄関を開けるとそこには神官服に身を包んだルナの母親、アリシアが立っていた。
「娘からお友達が困っているとお願いされてきました。私にお手伝いできることがありましたら何なりと」
「なんともタイミングのいい・・・」
「占いに少し心得がありまして、今朝占った時に良くない結果が・・・」
何とも人の良い事である。占いの結果を信じてわざわざ来てくれたようだ。
しかし今となってはとてもありがたい。家族はアリシアをマリーの元へ案内した。




