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試練に備えて

そんな教会のスキャンダルを思い出しながらアダムは一抹の不安を覚えた。


(妖精は本来人の手に負える存在ではないが・・・)


いくら血を引いているとは言えどマリーは一般家庭で育った子供である。そんな子が果たしてバンシィの務めに耐えられるのか。それ以外にも懸念はある。


「バンシィを排斥する動き、それが考えられる・・・」

「そうですね・・・」


マリーの父親はかつて祖父からバンシィの排斥運動から家族を護る為に魔法の継承を拒絶したと聞かされていた。

祖父はその事を悔いてはいたが父親はその排斥運動の名残として残るバンシィを追い払う為のまじないの類を見てきた。

ごく僅かな場所だけではあったが女性が泣くだけで過敏に反応する者もいたくらいだ。


「だから私は・・・迷ってしまいました」

「貴方にも魔法の継承が?」


バンシィは女性の姿で現れる。その為に女性のみとされているが魔法そのものを継承する事は可能だ。

バンシィの泣き声、音に類する特殊な魔法である。


「可能なようでした、御先祖様が夢に出てきたのですから」


ですが、と父親は悲しげに顔を伏せた。


「出来なかった、祖父の言葉を聞いて・・・その時に将来を誓いあっていた妻と将来生まれてくる子供の事を思って」


父親はその時既にマリーの母親と結婚を前提に付き合っていたのだと言う。随分と早熟な気がするが思えばそう言った成長の早さはバンシィの加護あってのものだったのかもしれない。


「それは、その事は致し方ない部分もあるでしょう」

「言い訳のしようもない事ですが・・・だが、もしあの子に同じ機会が巡ってきたなら」


父親はアダムの言葉に決意を持った表情で言った。そこにはマリーが時折見せる土壇場での胆力に似たものがあった。


「あの子には周囲の事ではなく、自分の気持ちで考えて欲しかったからあえてバンシィを取り巻くことは伝えなかったんです」

「なるほど、ですが彼女にそれで危険が及んだ場合はどうなさるおつもりだったのです?」


アダムはあえて問うた。そうなった場合は自分も出来得る限り守るつもりではあったが・・・。

父親はその際に微塵の動揺も見せず言い切った。


「守りますよ、父親として・・・必要なら命も賭けます」

「そうですか、ならばこちらもそれなりの覚悟で当たらせてもらいましょう」


アダムはこの父親を見てマリーの親なんだとこの短い会話の中でつくづく思わされた。

マリーは普段は優柔不断で引っ込み思案な為全く目立たないがその実、肝心な所ではティナに負けない胆力を見せることがあった。


(あの子も友達の為に頑張れる子だったな・・・)


校外学習の時に感情に飲まれて悪魔化したルナを正気に戻したのも彼女だった。加えてサピスキアに全く物怖じしなかった。後者はただの趣味嗜好の問題もあるだろうが。


「差し当たって必要なものはわかりますか?」

「妻が悪霊避けのお香やタリスマンを買い集めてくれています」

「そうですか・・・そう言えば、クラスメイトの保護者に神官をしていた人がおります。必要ならばその方に協力を仰ぎましょう、その方はフラウステッドさんの事なのですがその御息女は聖人の弟子もしているので十分な援助が受けられるかと」


アダムの提案に父親は表情を明るくした。支援は多いに越したことはない。ましてや神官などは悪霊や亡霊対策のプロのようなものだ。その支援は今回の試練に対してピンポイントと言っていい。


「ありがとうございます、なんと感謝したらいいか」

「それは彼女の試練が上手くいってからにしましょう。彼女の安全が何よりだ」


アダムと父親はその後の打ち合わせをして別れた。

そしてその次の日からマリーは学校を休むことになった。


「マリー、頑張るんだぞ」

「うん・・・!」


夜、マリーは眠りについた。そして両親が厳戒態勢で眠れぬ夜を過ごす中・・・。



『来たね、仕事の時間だ・・・頑張っておいで』


カインディアの言葉に促されてマリーは自身の体を抜け出ると半透明の姿になって家を飛び出した。

振り返ると窓からは心配そうにベッドで眠る自分を見つめている両親が見える。

魂だけになった体は血のなせる業か、まるで昔からそうであったように自在に宙を浮いて地面に降り立った。


(お父さん、お母さん、私・・・頑張る!)


決意を胸にマリーはまずは街に流れる川へと向かう。川は街の中心部では用水路のようになっているが外れまで歩けば石材に補強された部分もなくなり川原に出ることができる。時折飛び上がって、人目の着く場所では歩いて向かうと川原には人は時間帯ゆえか全くおらず、マリーはそこで銀の櫛を取り出して髪の毛を梳きはじめる。


「・・・」


櫛を動かすたびに哀しみが胸に渦巻く。それが避けられぬ死の予感であると察するのはそう時間のかかる事ではなかった。


誰かの命が燃え尽きる。その誰かの死は決して軽いものではなく、数多の涙が流れる悲劇であろう。


「あ、あああ・・・!」


マリーは籠めた覚えのない魔力が感情と共に高ぶり、その声は慟哭となって街に響き渡った。


『ーーーーーーーーーーーーーーーっ!』


人の声、獣の声、風の音、そのすべてを一緒くたに混ぜ込んだような凄まじい叫び声が響き渡る。

人よ、人よ、備えるがいい。近しき者の死が近づいている。人よ、人よ、嘆くがいい。バンシィの泣き声が聞こえるならば。


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