獣の末路 その2
クインクは静かに、兄を悼む気持ちを思って泣いた。感情が極まって泣くようなものではなくただただその人の為に。
「・・・クインク、もういいならフラウステッドの所に戻れ。きっと心配している」
アダムがそう言うとクインクはゆっくり頷いた。エトナ―はクインクの頭を撫でると腰をしゃがんで目線を合わせる。
「よく頑張ったな、偉いぞ。お前のことは・・・きっと兄ちゃんも誇りに思うだろうさ」
「ありがと・・・ござ・・・ます」
嗚咽が漏れた。エトナ―はそんなクインクを抱きしめて頬を寄せた。これからはずっと彼女が穏やかに暮らせるように祈って。
「さ、ルナちゃんのとこに帰りな。あったかいところでゆっくり寝て、次に会う時は元気な顔見せてくれよ」
そう言うとエトナ―はクインクを小屋の外へ送り出した。
「さて、後はコイツを治安維持組織経由で大聖堂へ・・・その後で魔界か」
エトナ―は短くそう言うとアダムと見張りを代わって、置いてあった椅子に腰かけた。
「お前さん、これからが大変だぜ。楽に死ねると思うなよ」
「・・・」
がっくりと項垂れたボルブに向かってエトナ―は背もたれに体を預けながらそう言った。
治安維持組織は子供と身内同然の騎士の無念を晴らすために容赦はしないだろう。彼らは悪魔相手でも一歩も引かない豪胆な戦士の集まりである。
実際にボルブは護送の為にやってきた騎士の身内と治安維持部隊の双方から丁寧な歓迎を受けることとなった。
「大聖堂への護送だそうだな」
「ああ、その前に寄るところが多いがな」
魔法局から派遣された治安維持部隊の男達は鉄製の檻のついた馬車にボルブを詰め込むと馬車を走らせた。そこは大聖堂ではなく、騎士達の詰所。
そこではボルブに嬲り殺しにされた騎士の仲間とその遺族、そして子供の遺族が道具を持って立っていた。
「ご苦労さん、時間は限られてる。手早く・・・徹底的にな」
騎士達は治安維持部隊の御者の言葉に騎士達はぎらついた目で頷いた。その手には各々が棍棒や乳切木を手に立っている。中には子供の遺族も混ざっており、遺族の中にこの街でそれなりの地位についている。
この制裁はその人物の尽力によってなされた。
「引きずり出せ!」
その内の一人がボルブの首に手早く縄をかけるとそれを数人がかりで引き、ボルブを引きずり出した。
「よくもやってくれたな。命を弄ぶとどうなるか教えてやるぞ」
一人が棍棒でボルブの顔面を殴り飛ばした。力なく倒れたボルブを今度は集団が取り囲んで袋叩きにする。
「下種が!ヤツの無念を知れ!」
「アイツはもうじき結婚するはずだった!」
「だから子供を・・・守ろうとした!それをお前はぁ!」
「あの子を返せ!あの子を!返せぇえ!」
御者はそれを遠巻きに見ていたが少しするとホイッスルを鳴らした。
「時間だ、スマンが殺させるわけにはいかない」
「・・・ああ」
そう言うと騎士が下がり、その際に遺族たちを下がらせた。彼らとて本当はこんなリンチなどやりたくはない。出来得ることなら自分達が捕まえて、コイツに目に物を見せてやりたかった。だがそれが叶わなかったとしても仲間や肉親としての情はただ黙ってボルブが連れていかれる事を許せなかった。
「何故だ、どうせ殺すなら・・・!」
「落ち着け、これ以上はお前がするべきことじゃない」
「だが・・・!」
父親がそう言って涙ながらに騎士の剣を奪ってボルブに突き付けた。治安維持部隊の男性はその剣を手で握ると父親の肩に手を置いて、できるだけ穏やかに言った。
「ヤツはこれから異端審問官と魔界の悪魔が処理する。死んだ方がマシな目にあうから・・・その事で満足してくれ」
「く・・・うぅ・・・」
「頼むよ、俺だって止めたくはなかった・・・」
父親は剣を取り落として肩を震わせた。気持ちはわかるだけに皆は一様に沈痛な面持ちで立っている。
遺族たちはまだ殺気だっていたが男性がそう言ったのでようやく納得し、子供の遺品を手に涙を流した。
「・・・」
墓地を出てクインクは帰路についていた。朝日が眩しく通りを照らしている。
その周囲では本来ならば仕事や生活のために出掛けていく人たちが増えていく時間だったが野良の悪魔が人を襲ったということで皆、家に閉じこもっていた。
静かな、どこかまるで違う世界に迷い込んだような気持ちでクインクは街を歩き、そのまま丘をのぼっていく。
その中で見上げた風景に朝日が丘の上にある建物を照らしている。まるでそこが楽園であるかのように。
善い行いをして死んだものは天に昇っていくのだという。自分がそうであるとは言わないがクインクはまるで天国への階段を上るような気持ちで丘を歩いている。
「あふ・・・」
緊張の糸が切れたのか欠伸が漏れた。昨日はまったくといっていいほど眠れなかった。けれど今は違う。今回のことを完全に整理することはまだできていないがそれでも、決着がついた。
聖人であるエトナ―と魔法学校の教員であるアダム。今まで頼る相手も居なかったクインクにとって彼らは初めてできた「頼れる大人」である。その二人が対処してくれるのだ。間違いはないだろう。
「・・・帰って、寝たい」
あの温かい毛布にくるまって。願うなら、彼女の隣で。まだ肌寒さの残る朝の空気がそれを助長する。
体が重い気がする。魔力の消費が感情のままに魔法を使ったので大きかったのかもしれない。
もしくは寝不足からくるものかもしれなかった。
ふらふらと歩くクインク。しかしその歩みは止まることなく。一歩ずつ、確かに進んでいった。
「・・・ねむい・・・」
そろそろ眠気が限界にやってきた時、突然自分の体に影が差した。
「っ!」
「おかえりなさい」
見上げた彼女の目には柔和に微笑むルナの姿がうつった。呆気に取られる彼女を抱き上げてルナは笑顔で言った。
「辛い事があったんでしょう?よく我慢できたね」
「・・・!」
「あなたは強い子だね」
背中をぽんぽんと叩いてルナはクインクを抱きしめた。そしてゆっくりと家へと向かっていく。
「・・・」
「エトナ―さんの事だからそうそう危ない事は無いと思っていたけど・・・やっぱり貴女が無事に戻って来てくれて嬉しい」
何か言いたかった、感謝したかった。でも今は言葉がでなくて。ただ彼女の手が温かかった。
抱き上げられて、ぎゅっと抱きしめられたことが何よりも嬉しくて。
(悪魔にも神様はいたんだ・・・私にも・・・微笑んでくれる神様が・・・)
ルナの首に腕を回して自分からもだきしめるとクインクはそう思った。辛くて苦しい事ばかりだった自分を救いあげてくれた神様がここにいたんだと。
徐々に下がっていく瞼をどうすることもなく、クインクはルナの肩に顎を乗せてそのまま目を閉じた。




