獣の末路
三人はボルブを適当な墓地にある墓守の小屋へと運び込んだ。
「聖人様、此処で何をなさるので?」
「余計な事を思いつかないように弱らせるのさ。一晩あれば一般の騎士や守衛でも制圧出来るだろ」
実際はクインクの為であるが弱らせる必要もあるのでそう答えておく。魔獣を屠殺する場合には必要はない。物理的に拘束できればそれで事足りる。
しかし今回の場合は知性を持った悪魔が相手なので思考力や魔力をできるだけ奪う必要がある。
悪魔に余力が残っていると呪いを振り撒いたり、首だけになっても相手に危害を加えたりという話は枚挙に暇がない。
「なるほど、それではお任せしますぞ」
エルドはそう言ったことに知識があり、二人の行動を理解できたのでそれ以上の追求はしなかった。
二人に任せれば安心だし、家族の傍に居たいという気持ちもあったからだ。
子供が犠牲になったという情報はそれだけ父親であるエルドを不安にさせていた。
「バレなくて良かったな」
大きな体を揺らしながらそそくさと帰っていくエルドを見て二人は改めて安堵の息を吐いた。
「あのおっさんがマジギレして暴れ出したら無傷で鎮圧する自信ねえよ」
「城門を素手で壊す勢いだからな・・・」
二人は倒れているボルブを縛りあげると結界を作り、徐々に衰弱していくように調整した。
「これでいいだろ、あとはあの子次第だ」
「それじゃ私は教会に報告いれてくるぜ、徹夜で走り回ってる連中がいるからな」
二人は互いに頷くと行動に移した。
「奴が・・・捕まったんですか」
翌朝、街には急を要する事柄以外での外出が禁止される中でクインクはエトナ―に連れ出されていた。
ルナには被害者の一人で、事件の関係者であるから犯人の見た目を教えてもらう為と嘘をついた。
「ああ、それより寝てないのか?顔色が悪いぞ」
「・・・ずっと考えていたんです」
エトナ―はクインクに「何を?」とは問わなかった。聞くまでもなかった。
ずっと彼女の頭の中は復讐とその是非についてが渦巻いている。それにルナとの生活の未練、そして兄の事。
あげればキリがない。
「アイツのことを・・・」
クインクはそうつぶやくと目的地に着くまで一言もしゃべらなかった。
「おう、まだくたばってねえよな?」
エトナーが小屋のドアを開けて中に入ると見張りをしていたアダムが顔を向けた。
「ああ、それより連れて来たか?」
アダムの言葉を受けてクインクがエトナーの背後から顔を出した。アダムは目の下にクマを作ったクインクを見て少し心配そうにしていたがあごをしゃくってボルブのいる方を示した。
「ぐ・・・」
ボルブは両腕をそれぞれ拘束された状態で小屋の中央に居た。エトナ―の加護とアダムの技量によって厳重に拘束されており逃げることはおろか抵抗すらできない状態だ。
一晩の拘束と夜明けが重なりそれなりに衰弱していたがアダムを恨めしそうに睨むだけの気力は残っていた。
「・・・」
「・・・おお、くたばりぞこないの、片割れじゃねえか」
クインクが自分を見ているのに気付いてボルブは彼女を嘲るように呟いた。
クインクはそれを見てふつふつと湧き上がる怒りを感じつつも彼に問いかけた。
「なんでわざわざ追ってきたんですか?逃げればよかったのに」
「お前を踏み殺して、ついでにお前の主人を俺の飯にしてやるためだ」
お前の主人は若くて美味そうだったな?と脅すように笑みを浮かべてそう吐き捨てた。
クインクはそれを見て湧き上がっていた怒りがすっと、冷えていく感じがした。
怒りが消えたわけではない。むしろ膨れ上がっている。あふれ出しそうな怒りが熱を失ったのは目の前のこの獣が、脅威としてではなく排除すべき敵であると認識したからだった。
もう怒ってもしょうがない。恐れている暇もない。排除しなくては。自分だけでなくルナやその家族を守る為に。
「・・・もういい、消えろ!」
シンボルを咥えて魔力を解放するとクインクは驚いたボルブに火でできた鞭を出現させ、鋭い一撃を加えた。
「うぎゃああっ!」
打たれた場所は焼けた鉄を押し当てたように焼け、その後に衝撃で血が飛び散った。
クインクはボルブに対してそれを数回繰り返した。
破裂音が響き、そのたびに血しぶきが飛ぶ。エトナ―とアダムはそれを見守っていたが・・・。
「は・・・はっ・・・」
肩で息をしていたクインクが歯を軋らせて叫んだ。
「ちっとも・・・ちっとも嬉しくない!楽しくもない!なんで・・・!なんでこんなことができるの!」
血塗れになって呻くボルブを前にクインクは涙ながらに叫んだ。
「お前はなんで!あのとき・・・あんなに嬉しそうだったの・・・?ありえない・・・!こんなことが!」
アダムは安堵の息を吐いた。エトナ―はクインクの言葉に思わず彼女を抱き寄せたいのを堪え、彼女の言葉を待った。
「人を傷つけて楽しむ気持ちが・・・私にはわからない・・・!」
そう言って俯いたとき。不意にクインクの頭の中にボルブが現れた時の記憶がよみがえった。
自分を恫喝していた時、兄と一緒にみかじめ料を払いに行ったとき。そして自分をいたぶったあの時。
彼はいつも一人だった。窮地に立たされたときも、そうでない時も。
それはなぜだろうと、まるで理解できない事から現実逃避するような気持ちで考えた。
「・・・そっか」
そして気付いた。この獣はいつも独りぼっちだった。
自分にすら兄がいて、ルナが自分を拾い上げてくれた。彼らは無償の愛を自分に向けてくれた。
そしてアダムとエトナ―がいた。彼らは自分を矮小な存在と卑下せず、自分の為にこうして苦労してくれている。
自分を誇りのある存在と認めて接してくれている。
復讐の是非を、ルナの元に居ていい自分はどんな自分なのかを考えなさいと背中を押してくれた。
だが、この獣にはそんな人は一人もいなかった。傷つける事しか知らず、踏みつける相手がいなければ自分が自分でいられない。兄がいないと何もできなかったあの時の自分と同じ、ちっぽけな存在なのだ。
逃げればよかったのに、どこかでひっそりと暮らせばよかったのに。奴は自分を踏みつけたいばかりにこうして惨めな思いをしている。
「だれも・・・お前を愛してくれなかったんだ」
クインクの言葉にボルブは顔を上げた。小さなインプの姿に戻ったクインクは自分を憐れむように悲し気な目でこちらを見つめている。
「な、んだ・・・てめえ・・・」
「ひとりぼっちの可哀想な獣・・・それが君なんだね」
クインクはそう言うとボルブから目線を逸らした。まるで見ていられないと言わんばかりに。
それが自分を「憐れな存在」と位置付けた事を知ったボルブは目を見開いて叫んだ。
「ざけんじゃねえぞ!俺を・・・俺を憐れむのか!お前ごときが!」
「だって・・・君は・・・かわいそうだよ」
真っ直ぐにそう言い返されてボルブは押し黙った。返す言葉がなかった。できることなら今すぐ拘束を引きちぎって目の前のインプを八つ裂きにしたかった。
「独りぼっちが嫌だから、自分だけが独りぼっちなのが嫌だったから・・・君は私の兄ちゃんを奪ったんでしょ?」
そうやってから殺せば皆独りぼっちのままだから。だからそうした。
自分が得られないものを誰かが一人でも多く、得られないままでいるように。
「そんな・・・そんなわけが・・・」
「もう、君に求めることなんかないよ・・・だから、もうおしまいでいい」
そう言うとクインクはエトナ―に抱き着いて言った。
「兄ちゃんは事故で死んだんだ・・・獣に襲われて、だから・・・仕方なかったんだ」
そう言って涙を流した。




