獣は踊る
周囲の捜査が熱気を超えて殺気すら帯びていたのを他所にボルブは上々の首尾に笑みを浮かべていた。
(悪くねえメシだった)
人間の子供と言うマナと若さに溢れた新鮮な肉に娯楽まで付いてきた。子供を盾に嬲った騎士が自分が子供を助けるつもりの無いことを知った時の顔などといったら傑作だった。そしてその子供の心を散々に踏みにじってから食い殺した時の悲鳴と懺悔は最高のBGMだった。
「奴の臭いはわかってる、後は探すだけだ・・・」
食事のお陰で気力と体力は大きく回復した。後は魔力の目減りが緩やかな内にクインクを探し出すだけだ。
「クソが、やってくれたな」
民間人に被害が出た。その事は瞬く間に街に知れ渡った。エトナ―は大聖堂に立ち寄った際にその報告を受けて忌々しそうに悪態をついた。神ならぬ我が身、救えぬ命がある事はわかっている。だがそれでもその事を悔いずにはいられない。
警戒を促す連絡が遅れ、悪魔との戦闘に知識の無い一般の騎士までもが犠牲になった。
教会では死者とその遺族の為のアフターケアに慌ただしく動き回っている。特に損壊の酷い遺体を修復する為、教会に属する人形師が弟子と機材を抱えてやって来ていた。
「コイツは・・・酷いな、獣の仕業だ」
人形師は遺体の損壊具合を見て呟いた。弟子は棺の中を覗き込むと口を覆って外に走っていった。
「だらしの無いやつだ」
「新入りだろ?どうして連れてきた」
「何事も教育さ」
大聖堂の中庭が覗ける窓からは人形師の弟子が中庭で盛大に吐いているのが見える。
人形師自体は他の細工師たちと同じく人形のパーツなどを作って納品したり人形を子供や依頼主向けに作る仕事であるが『教会付き』となると話が変わる。
彼らが作るのは義肢や義眼、仮面などが含まれ、医師や聖職者と連携することがある。そしてその医療行為の中には死者の名誉を保つための細工も挙げられる。
「それよりエトナ―、下手人はまだ捕まらないのか」
「ああ、忌々しい事にな。だが専門家を街に残してきてる。うまく運べば今日中にはカタが付くはずだ」
人形師はぎょろぎょろと目を動かしてエトナ―を見る。その視線には無機質な輝きの中に不満がありありと見て取れたがエトナ―は気にした風もなく答える。
「仕事は仕事だ、上手くやるがな・・・どうにも、これは酷いぞ」
「ああ、悪魔が契約じゃなく私欲で人を襲ったからな」
それを聞いて人形師はカタカタと腕を動かして運び込んだパーツを組み合わせていく。
人形は子供の大きさのものを作るのが一番簡単だ。美しく作れば凡そ子供らしくなる。
「相変わらずの精巧さだな」
「当たり前だ、天国で体がありませんでは話にならん」
「・・・そうだな」
死者の為の体、魂を慰めるための処置。遺族だけでなく死者すら慰めるためのもの。
この人形師はエトナ―ほどではないにしろ長く生きている。職人の中の職人だ。
「遺族が納得できなければ作り直しだ、体温が感じられるほどに作らねば意味がない」
「声なら再現できるが必要か?」
「ネクロマンサーに聞いたから大丈夫だ。死に際の声でなければもっと良かったが・・・そもそも・・・」
そう言いかけて人形師は口を閉じた。人形師は普段は子供向けに人形を作っている。精巧な人形は命が宿っているとさえ言われる一品だがその精度を保てているのは彼の記憶と視界に写る子供たちの笑顔に他ならない。
生きててくれれば
そう呟きかけた人形師は瞬く間に体をくみ上げていく。エトナ―は聖職者が至る技能の極致として死者の魂、その輪郭からどれほど遺体が損壊していても、魂がか細くなっていても生前の姿を見抜くことができる。
しかしその人形師はそれを持たずとも被害者の子供の体を正確に再現している。
(人は時折悪魔や神よりもそれらしいことをする事があるもんだ)
遠い昔、精霊がエトナ―にそう告げた事があった。それをまざまざと見せつけられているとその言葉が鮮明に浮かんでくる。
「暗くなってきたな・・・ケケケッ、俺の時間だ」
夕闇が迫る中、ボルブは目を細めた。獲物を追うには絶好の時間帯だ。
そして・・・。
(見つけたぜェ・・・!)
ボルブはついに獲物を見つけた。ルナに抱き上げられて家路についているクインクの姿を。
頭の中では前回の食事の風景が浮かんでいた。
抱き上げている女は首元に日光教のシンボルを身に着けている。
(恐らく兄貴をぶっ殺した穴埋めに世話役ができたんだろうなァ・・・クケケ、随分と懐いてるみたいじゃねえか)
ルナに体を預けて安心しきっているクインクの姿にボルブは口角を吊り上げる。
女を人質にクインクを痛めつけ、動けなくなったところで目の前であの女を食い殺したらヤツはどんな声で泣くだろう。それは彼にとってとてもとても魅力的なシチュエーションだ。さらに加えて女もまた、非常に美味そうな見た目をしている。
獣はただ一つ失念していた。獲物を見つめることに夢中になった瞬間、自身が知らず知らずのうちに無防備になっていたこと。
「・・・」
そしてそれを狙う狩人の姿を。




