逃げ惑う獣
『いたぞ!』
『司教様の仇だ!逃がすな!』
司教殺害の依頼をこなし、それをクインク達に体良く押し付けたと思ったその日からボルブは追われる日々を送っていた。
「クソが・・・」
魔界でも既に触れが広まり、ボルブは悪魔達を避けて地上に逃げてきたが追われる度合いで言えば地上もさして違いは無かった。
「あのクソガキ、ぜってえ殺してやる」
時折吹く風にすら痛みが走る。祈りを込めた遺灰のせいで体の大部分を焼かれてしまい、大幅に弱体化したもののそのお陰で境界を超える事が出来た。
そうして悪魔達の来れない地上に出たものの、今度は聖職者に追われていた。
本来ならば撃退するのは造作もない相手ばかりだが今の自分は弱っている。そして地上ではその衰弱は進むばかりだ。
(まだ今ならあのガキを殺すには十分な力が残ってる、早いとこ見つけねぇとな)
標的を見つけるか、それとも回復する手段を見つけるか。
どちらにせよ残された時間は少ない。
ボルブは元より自分が卑怯者である自覚はある。それゆえにとる手段にこだわりは無い。
「まずは、腹ごしらえだ」
ボルブは視線の先に自分と目が合って震えている子供を見やるとニタリと笑みを浮かべた。
「大変だ!」
魔法局の治安維持部隊に急報が飛び込んできた。そこでは防具姿の屈強な男性達がつい最近に起きた司教殺害の調査から戻ってきてから小休憩の最中だ。
そんな中で男たちは慌てた様子で報告を持ってきた職員に顔を向けた。
「どうした?」
「獣害だ、見回っていた騎士一名が死亡!子供が食われた!」
子供、その言葉を聞いて一人の男性が持っていたカップを握りつぶした。騎士が死亡したという報告に眉間にしわを寄せる者も。
「子供を狙うような小物に騎士が遅れをとったのか?どうなっている!」
「わからん!現場にネクロマンサーが派遣される、動ける者は護衛に当たって欲しい」
すぐさま男たちが現場に走り出した。
「魔法局治安維持部隊の者だ!現場は!」
武具の擦れる金属音を響かせながら到着した治安維持組織の一人は現場に魔除けの紋様を描いている聖職者に問いかけた。
「お疲れ様です、こちらですが・・・子持ちの方は・・・」
「構わん、私は独身だ」
聖職者の気づかいに身振りで感謝はしつつも男性はずかずかと路地の中に入っていった。
「・・・惨いな」
子供は無惨にも食い散らかされており、体のほとんどが残っていなかった。
そしてその子供と向かい合うように騎士がうつ伏せで倒れていた。
「騎士ともあろうものが・・・む?」
男性がその騎士の倒れているところを見る。彼も手酷くやられたのか爪痕が痛々しい。出血の飛び散り方からするに致命傷に至るまで何度も攻撃を受けたようだった。
「どうしたのです?」
「・・・腕が綺麗だ。傷がない・・・」
騎士は胴体をほぼ滅多切りにされたにもかかわらず腕に目立つ傷がなかった。
これは彼が防御していない事を意味している。咄嗟に腕で体を庇うのは当然のはずだが・・・。
「腕・・・ですか」
「それに・・・騎士なのに帯剣していないぞ」
「剣はそちらに転がっていました。襲われた際に落としたのでは?」
聖職者がそちらを指さすとそこには彼のものらしい剣が鞘に収まったまま転がっている。
男性がそれを調べると剣はベルトから外されて此処に置かれたらしく傷らしい傷もついていない。
それを見て男性は嫌な予感がしていたがそれを遮るように教会からネクロマンサーが派遣されてきた。
「遅れました、被害者は?」
「ここだ。子供の方は・・・大丈夫そうか?」
ネクロマンサーは教会にて死者との交信を行う存在であり、こうした事件の調査を手伝う事が多い。
死霊は中には無害な者もおり、それらと交信して彼らが悪霊にならないように管理しつつ一般の聖職者と連携してそれらの除霊を行うこともある教会の職種の一つである。
「酷い・・・、私は大丈夫です・・・ですが、こういった亡くなり方をすると魂が傷つくことがあります」
流石に死者に慣れているのかそこまで動揺はしていなかったが、情報が断片的になることがあると告げた。
「読み取れるだけ・・・やってみますね」
軽く祈りを捧げてからネクロマンサーは術を行使する。簡易の祭壇を置いて、ろうそくに火を灯す。
すると煙がまるで生き物のように揺れ動きネクロマンサーにまとわりつく。
「『やめて、やめて・・・』」
「始まりましたね」
子供の声に男性は驚いた。聖職者が男性の肩に手を置いて声を出さないように促すと男性は口を覆いつつ頷く。
「『おじさんをころさないで・・・』」
ネクロマンサーは目を閉じる。そうすることで視界を共有することができる。しかし突然耳を覆ってろうそくの火を手で叩き消した。
「ううっ!あああっ!」
そして頭を抱えてのたうち回り始めた。尋常ではない状況に二人はしばし呆然としていたがすぐに男性が我に返った。
「どうした!?」
「いけない!深く交信しすぎたんだ!」
男性が思わず駆け寄るとネクロマンサーは青い顔をしていた。聖職者が沈静の術を掛けると過呼吸を起こしかけていたネクロマンサーはどうにか平静を取り戻し、状況を説明してくれた。
「ひ、ぃ・・・く、ぐっ」
「息を整えてからでいい、私がいるから安全だぞ」
胸をドンと叩いて男性が言うとようやく回復し、口を開いた。
「か、彼は・・・子供を人質に取られて・・・」
「・・・やはりか」
「彼を殺した後に、子供を・・・」
ネクロマンサーは無念そうに顔を歪めている。
「この子が自責の念を感じるように散々に詰ってから・・・くっ・・・」
「この子の不幸を追体験してしまったんですね・・・辛かっただろうに・・・」
そこまで言うとネクロマンサーは涙を流した。悲し気に彼女の肩を抱く聖職者とは裏腹に男性は怒りで頭が爆発しそうだった。
余りに残忍、食うだけに飽き足らず殺しを楽しんでいる。その証拠に騎士の男性は鋭利な爪か何かで引き裂かれたにも関わらず遺体はどこも欠損していない。
子供だけで十分だったのだ。それにも関わらず犯人は楽しむ為に騎士の命を弄び、子供の精神を追いつめてから殺し食らったのである。




