それでも!
クインクはその場にへたりこんで嗚咽を漏らした。
「そんな、だって、私っ」
兄の無念を晴らす為の力を得たと思った矢先のこと。それが出来ないとなればその悲しみは大きい。
なにしろ兄を失ってからまだ時間は経っていない。怒りも悲しみも薄れさせるには早すぎる話だ。
「そうか、そんなに仇が討ちたいか?」
「・・・?」
クインクはアダムの言葉に顔を上げた。
「・・・いいんですか?」
恐る恐る尋ねたクインクにアダムは頷いた。
「お前が勝手な事をするのが問題なだけだ」
「でもルナさんが・・・」
「そうだな・・・だからこそお前の復讐を神が望むか試してみようじゃないか」
アダムはそう言うとクインクに一つ提案した。
「教会と魔法局、そして悪魔達。ほぼこの世界の全ての機関が奴を追っていると言っていい。そうなれば捕まるのは時間の問題だ」
「・・・」
司教はクインク達にもわかるほどに善人だった。非の打ちどころがないほどだった。それ故に犯人を恨む者も多い。
清廉な人間を恨む人間も多いが賢い者ほどそう言った手合いには距離を取るのが普通だ。
非合法な手段でしか排除する方法はなく、排除した場合に買う恨みの数がどうあっても利益に釣り合わないからである。
「エトナ―に連絡を回しておいてやる。もしもエトナ―かワシが単独でソイツを捕縛した場合・・・面会の時間を作ってやる」
「面会・・・?」
「ああ、その間に何が起こったとしても”事故”だ」
意味は分かるな?とアダムは問う。クインクはそれを聞いて、俯いたまま考える。
そして、ゆっくりと頷いた。
「わかり・・・ました・・・」
「よし、それじゃあ今日はもう帰っていい」
アダムはそう言うとクインクに帰るように告げ、自分はそのまま瞬時に姿を消した。
「・・・」
とぼとぼと歩くクインク。アダムの言葉がいつまでも頭の中で木霊していた。
復讐を取るか、安寧を取るか。その中で許可された復讐の機会もまた、運任せではあるが可能性もある。
ただ、その幸運を掴んだとして自分はどうするべきなのか?
血に塗れた自分を見てルナはどう思うだろうか。
仮にそれが兄の仇を討つためだったとしても・・・。
自分を助け、優しく接してくれる彼女がそれを知ってどう思うのか。
あの温かい場所に戻る権利が自分にあるのか・・・。
「クインクちゃん、早かったね」
不意に声が聞こえて、クインクは顔を上げた。そこには先に帰ったはずのルナが立っていた。
「ルナ・・・さん」
「宿題大変だったね、さ・・・帰ろう?」
笑顔で手を差し伸べてくれる。その手を取ろうとして
「ッ!」
不意に、自分の手が赤く染まっているような気がしてひっこめた。ルナが不思議そうな顔をしているのを見て慌てて自分の手を見た。普段の自分の手だ。荒んだ生活のせいで手もボロボロだったが治療を受け、上級悪魔となってからは再生したのか手も傷一つない。
「ご、ごめんなさい・・・手が汚れてるような気がして」
「大丈夫だよ、家に帰ったら洗えばいいから」
そう言うとルナは気にした様子もなくクインクの手を引いた。そして、引き寄せた彼女を抱き上げてまるで子供にするように抱えあげて歩き出した。
「さ、帰ろう」
クインクはルナに抱き上げられ、その温かさに触れて自分がどんどんと分からなくなっていく感覚に陥っていた。
兄も望むはずの安寧が。今感じている幸福が果たして正しいものなのか?
肝心な事から目を背けて、逃げ続けているだけではないのか?
「・・・」
思考を誤魔化す様にクインクはルナの肩に頭を預けた。
「首尾はどうだ、エトナ―」
「ぼちぼちだな。お前のこういう技術はホント助かる」
夜の帳が降り始めた街でエトナ―とアダムは連れ立って歩いていた。お互いに仕事中であることを示すかのように飄々とした雰囲気は消え失せ、まるで獲物を追う狩人のように鋭い視線と雰囲気を放っていた。
「それで?あのおチビちゃんの事はどうすんだよ」
「ワシらが下手人を捕まえたら二人きりになる時間を作ってやろうとおもう」
アダムがそう言ったのをエトナ―は珍しく驚いた様子で聞いていた。
「お前らしくないな、そんな危険な事をやらせるのか?」
「あの子がこれからもフラウステッドの傍にいるなら必要な事だろう。それが上手く行くか、悲劇になるかはわからんが」
二人が捕まえる以上、いかなる悪魔であっても無事では済まない。アダムの技巧とエトナ―の聖術が合わされば瞬く間に相手を戦闘不能にできるだろう。
アダムにはエトナ―にないスピードと追跡能力があるし、エトナ―は聖術でアダムに加護を与え、彼に退魔の力を与えることができる。結界で相手を閉じ込めることもだ。
人間の中での最高峰に位置する二人の実力者は標的ではなく、その被害者であるクインクの事を重要視していた。
「ルナちゃんが泣くようなことになったらルルイエがうるせえぞ」
「ルルイエの事など知った事か、ヤツよりもあの子の将来の方が大事だ」
「ちげえねえや」
そう言いながらもエトナ―はクインクとルナ、二人が笑顔でいられる事が何よりだとも思っていた。
(復讐に囚われて道を違えるか、それとも思いとどまってルナちゃんと・・・)
肉親の情は理屈ではない。それ故にどうなるのかはエトナ―にもわからなかった。




