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負けたくないから

クインクはそれからも熱心に練習を続けた。


「ふっ!やぁっ!」


そうしていると頭に浮かぶのはあの時、無力だった自分と・・・


「やあぁぁぁ!」


憎き兄の仇!


(いつか!必ず私の手でっ!やつをーーーー)


眼を見開き、歯を食いしばりながら幻に向かって夢中で鞭を振るう。怒りのままに虚空を叩き続ける。その最中に、不意に自身の背中を貫く冷たいものに体が強ばった。


「ッ!」


じわっと汗が滲み、心臓が縮むような感覚。ゆっくりと振り返るとアダムが鋭い視線でこちらを見ていた。


「いかんな、それは」


まるで全てを見透かしたような視線と言葉にクインクは思わず目線を逸らした。今、確かに自分はどす黒い感情に支配されていた。


「力を手に入れた者の陥りがちな落とし穴だ」

「落とし穴・・・?」


アダムはそう言うと時計を見やる。


「お前さんが危ないのは間違いないが・・・、そうだな。今日の宿題としよう」


ワシも授業があるのでな。と魔力で作った釣り竿で遊んでいた

二人を回収してアダムは歩いて行った。


「私は・・・」


少しぼんやりしていたクインクは我に返ると三人の後を追いかけた。

その後の授業は本来なら彼女の好奇心を刺激する内容だったはずが・・・気付けば放課後になっていた。


「フラウステッド、今日はこの子を借りるぞ」

「ディーン先生・・・?」

「宿題がまだ終わってないんでな。遅くなったらワシが送るからお前さんは先に帰れ」


クインクを指名したアダムにルナは少しだけ訝しげにしたが表情がいつになく真剣なものだったのでゆっくりと頷いた。


「クインクちゃん、あんまり遅くならないようにね」


少しだけ心配そうにしながらルナは手を振り、ティナたちと帰って行った。

その背を心細そうに見つめていたクインクはアダムに実習室に来るように告げられ、アダムについていった。

クインクはアダムの背を見つめながら思う。この男は一体何者なのか。

主人であるルナについても詳しい事情を知っていそうだし、如何に未熟とはいえ人間でありながら悪魔である自分が気圧されるほどの殺気を放つ存在。


「さて、それでは宿題の答え合わせといこう」


アダムはそう言うと短刀を手に振り返った。


「復讐するは我にあり、力を得た今こそその時である。今に見ていろ我が怨敵・・・そんなところか」


独り言だ、しかしその内容はクインクが思っていたことと当たらずとも遠からずといった内容。

そして、そのまま進めばおそらくはそうなるであろう言葉だった。


「無意識の衝動は怖い、根底にある欲望に火が点くとその衝動は抑えがたいからな」

「いったい何の話をしているんですか・・・?」

「とぼけるな、兄の仇を討ちたいんだろう」


その言葉にクインクは心臓が跳ねた。今、この生活を続けていく上で避けては通れない命題だった。

兄と自分をさんざんに踏みにじってきたヤツを、兄が命を落とす原因となったヤツを。

仇を討たねば自分の運命は変わらないとすら思えていた。


「エトナ―がお前の事を教えてくれた。司教殺しの汚名を被せられて殺されてしまった兄の事も」

「・・・聖人様が」


エトナ―から齎された情報は断片的なものだったがアダムは司教殺害という大事件に魔法局を含めた公的機関の動向を含めて情報を集めていた。エトナ―からの依頼でもあったし、教会のメンツを保つ為に高位の聖職者からも依頼が来ていたためだ。それらを追う内にクインクの兄クアットに行きあたった。


「その力なら中級の悪魔を殺すことくらいワケもないだろうが」


悪いがそれは許さない。とアダムは言う。


「何故ですか・・・?」

「お前が単独でそれをやると問題しかないんだ。お前の兄がどうでもいいとは言わないがヤツは立場のある人間を殺したんだ。だからこそ規則に従ってヤツを始末する必要がある」

「規則・・・」


クインクにとってそれはどうでもいいものだった。せっかく力を得たのに、せっかく奴の支配から逃れられるのに。

他者にとってはどうでもよくても、自分にとっては大切なことだった。

肉親の命を虫けらのように潰されて黙っていられるはずもなかった。


「そんなもの・・・」

「どうでもいいか?だがそれではお前の主人が、フラウステッドが罪に問われるかもしれん」


その言葉はクインクに大きな衝撃を与えた。どうして?と口に出すこともできず呆然とするしかなかった。


「お前が勝手にヤツを殺すと周囲はお前が主人の命令を受けてヤツを口封じしたと思う奴が出てくるかもしれない。そうでなくてもフラウステッドはその命を狙われたこともある」


それを口実に彼女を狙うだろう。そうアダムは告げた。


「だからこそ彼女を保護する立場にある我々はお前の勝手な行動を許すワケにはいかない」


恩人の安全の為、そう言われてクインクは俯いた。なんということだろう。

自分を温かく迎えてくれた彼女が自分の復讐を阻む大きな障害になるとは。


「・・・そんな・・・」

「それに、お前が誰かの血に塗れたとしたら・・・フラウステッドはどう思うかな」


全身から力が抜けるような気がした。その一言はクインクにとってトドメを刺されたようなものだった。


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