ルナ、使い魔を得る
ルルイエが飛びあがり、クインクは泣きながら吐き、イングリッドとルナが慌ててクインクを介抱するという状況になった。
「ご、ごめんな・・・おええ!」
「ひー!」
食べ過ぎとついさっきまで命の危機だったことなどからくる疲労などが合わさってクインクは盛大に吐いた。
『ああ・・・ルナちゃんの初めての使い魔が・・・儀式で吐くような子だなんて・・・』
ルルイエは泣きながら吐きまくるクインクとそれを宥めながら吐いた物を処理する二人を遠巻きに見ていて泣きたくなった。
「うえええ・・・」
「なかないで、食べ過ぎたのはしょうがないって」
「治ったから勘違いしてたけど病み上がりなんだししょうがないよ」
クインクは結局食べたものを全部吐いてしまい、泣きながら二人に顔を拭かれていた。
屋外で吐いた為に処理に困らなかったのが不幸中の幸いだろうか。
『と、とりあえず・・・使い魔の契約は完了したから・・・』
「すみません、ホントに・・・」
『いいのよ・・・』
私は帰るわね・・・とルルイエはげんなりした様子で言った。ルナはそんなルルイエに何度も頭を下げて見送ることになった。景色に溶けるようにして帰って行ったルルイエの背中を見ながらルナもまた申し訳ない気持ちで一杯だった。
「それじゃあクインクちゃんが今日寝るところ作ろうか」
「え、いや・・・いいですよ、床とかで」
「普通はそれでもいいのかもしれないけどウチじゃ通じないんだよね」
ルナがそう言いながら家の方を指さすとエルドが小さなベッドを担いで家の中に入っていくのが見えた。
それが誰のものかは言うまでもないだろう。
「間取りとか変えなきゃね、さ・・・行こっか」
手を引かれてクインクはルナ達と共に部屋に向かう。これからどうなるのか、それはわからないことだが彼女と簡単には切れない関係ができた事はクインクにとってとても大きな安心を齎した。
『クインク・・・だね?』
その日、クインクは夢を見た。ルナの部屋でイングリッドと共に川の字で寝ていたはずだったがいつの間にか自分が王宮を思わせるような大広間の中央でポツンと立っている夢だ。
それだけならば不思議な夢で済んだだろう。しかしそこには大いなる存在が自分を見つめているのだ。
『使い魔が欲しかったんだよね』
『そのようで』
玉座に座っているのは目が合うだけで魂まで凍り付きそうな強大な魔力を放つ存在。その隣には黒衣に身を包んだ銀髪の女性が立っている。血のように赤い瞳と口の端から覗く牙、クインクでも知っている高位かつ名門の悪魔である吸血鬼だ。
「・・・」
あまりの存在感にクインクは目をそらした。どちらもクインクごときが関われるような存在ではない。下手をすれば一瞥するだけで殺されてもおかしくない存在だ。
『大悪魔たるもの、使い魔の一人も居なければね』
玉座に座る悪魔は大悪魔と名乗り、嬉しそうな声を出して立ち上がった。その威容は堂々たるもので、ケープで顔を隠しながらもその奥に光る八つの眼光が自分を射抜いている。
そしてその八本の腕を広げてクインクをまるで絡めとるように抱きしめるとそっと引き寄せる。
『ああ、嬉しい・・・君に会えて本当に良かった』
まるで人形のように軽々と抱えあげられ、そして八つの目にまじまじと見つめられる。本来ならば恐怖しかないその状況はどこか安心感すら覚えさせるもので、触れる手の感触すら優しい。
『これからよろしくね』
「・・・はい」
ゆっくりと頷くと大悪魔は自分を覗き込んで嬉しそうに笑う。見た目こそとても恐ろしい、迸る魔力は本来の自分ならきっと耐えられないほどに強烈だ。それでもその眼差し、言葉遣いが自分を大事にしたいとそう思ってくれているのが伝わる。
自分はなんて、運がいいのだろう。兄が、家族が自分をきっと導いてくれたのだとクインクはそう思って再び目を閉じた。
「ん・・・」
目が覚めた。あれからイングリッドのおかげで消化にいいものを適度な量食べることができ、そしてお互い居候の身ということと体が弱っていることが共通していたのでその日の内に仲良くなれた。
お風呂に産まれて初めて入り、ルナと自分の体つきの差にカルチャーショックを受けつつも上級悪魔の姿なら自分も・・・と謎の対抗心を燃やしたりしていた。
そして三人で一つのベッドを使って眠ったのだった。
「・・・」
すぐ隣で寝ているルナの顔が見える。頬に暖かい感触があったのは彼女の手を枕にしていたからのようだ。
窓から差し込む光が明るい。本来ならこの光は魔に属する者を弱らせるが首につけたチョーカーに光る日光教のエンブレムがそれを和らげてくれる。悪意なきものの特権だがそれを彼女が知る由もない。
「兄ちゃん・・・私、生きてるよ・・・」
窓から青い空が見える。温かいベッドの上で、温かい人の隣で、自分は確かに生きている。
そう兄に告げて、再びクインクは目を閉じた。
もう少しだけ、この温かさに微睡んでいたくて。




