辛い現実をこえろ!
ルナはクインクを見て悲しげな顔をしたがすぐに頭を左右に振った。
「でも彼女は生きようとしてる・・・」
「ええ、それは私にもわかってます」
コロンにはルナが何を言いたいのかが凡そ理解できた。
「なら、私がしたいことは変わりません。彼女の生きていく場所がないなら・・・作ってあげるだけです」
「ですよねぇ」
なんというか、苦笑するしかなかった。彼女ならそう言うんだろうなと言う予感があったのだ。
彼女は聖人が認めるほどに善良で、アダムが心配するほどお人好しだ。それでいてわが校の生徒。
(間違ったことは何もしちゃあいない・・・そうなると私がやる事は決まっとりますがね)
肩をすくめて、いつもの通りにとぼけた顔のままこの子のお願いを聞いてあげるだけだ。
出来ることがどれくらいかはわからないが最悪この学園で面倒を見てもいいだろう。
「そういえば、フラウステッドさんはまだ使い魔をお決めになってませんでしたね?」
「ええ、そうですけど」
「それなら話は早い、もしも彼女の居場所が決まらなかった時・・・まあいろいろと相談は必要だとは思いますがね?」
コロンはそう言うとクインクとルナを左右の手でそれぞれ指さした後にその指を突き合わせる。
「最終的には貴女が使い魔の主として彼女の面倒を見る立場になればいいかと思いますよぉ」
「使い魔ですか・・・」
ルナは少し考える。使い魔の授業はルナの学年ではまだ先のはずだ。
それに使い魔はいろいろと届出が必要だった気がする。
「悪辣な能力をもっていたり、サラマンデルとかみたいにほっとくと火事を起こしたりするような悪魔と違ってこの子は話も通じるだろうし・・・こう言っちゃなんだがか弱い悪魔だからこそ難しい手続きはいりませんよ」
そんなルナの悩みを見透かしたようにコロンは言う。ルナはそれを聞いてホッと一安心だ。
はふぅと息を吐いてルナは安堵したようにクインクの頬を突いた。もちもち。
「ブラウニーなどの家事妖精とかと同じ扱いにできるかもしれません」
「そうなるとどうなるんでしょうか?」
「連れ歩いても問題無し、あなたの責任の上という制約はありますがね」
悪魔が生活の一部となっているように、古来から精霊や妖精が家についていることもある。
家事妖精と言われる彼らは家の先住民として家の持ち主から尊重され、その代わりに彼らは家の保全を買って出る。
家事妖精の多い家は家格が高く、貴族や金持ちがこぞって所有している。
「よかった、じゃあ後はこの子の気持ち次第ってことですね」
ルナはそう言うとふと、時間を確認した。買い出しのつもりがもうお昼近くになっていた。
長く集中したせいで頭がぼんやりとする。血が上ったのだろうか。
「もうこんな時間、・・・むっ?」
違和感に近い軽い頭痛と共にぽたっ、と何かが落ちた。下を向くとクインクの顔にそれがまたぽたっと落ちる。
「おや、鼻血が・・・集中し過ぎましたか?」
「あぶぶぶ・・・」
コロンが慌ててガーゼを差し出すとルナは慌ててそれを鼻に当てた。長時間の集中力と聖術の行使が重なったために鼻血が出てしまったようだった。
「・・・うぶぶ」
「あーあー、大変だなこりゃぁ」
コロンは棚から風と水の魔法が書かれた魔法陣の上に水を注いだ陶器を載せて魔法を使用し、冷水を作るとそれでタオルを絞ってルナの首筋に当てた。
二人はその時、クインクの対処が少し遅れてしまった。ルナから流れた血がクインクの口に流れ込んでいくのを気付くこともなかった。
「おっといけない、彼女の顔も酷いことに・・・」
コロンは別のタオルを絞ってクインクの顔を拭いてあげる。少しするとルナの鼻血も止まったようで首筋を冷やしていたタオルで顔を擦ってさっぱりしていた。
「ん・・・」
一悶着ありましたね、とコロンがルナを労わっているとクインクが声を上げたので二人は彼女を覗き込んだ。
そして、シーツの中がもぞりと動いた。
「起きました?」
「いや、なにか様子が・・・」
コロンが不思議そうにしていると不意に魔力が迸り、被せていたシーツが宙を舞った。
明かな異常事態に二人は慌てて距離をとった。
「およよっ!?」
「こりゃどうしたことだ!?」
ルナはともかく、身体能力の劣るコロンはやや逃げ遅れて真後ろに倒れ込んでそのまま後転した。
そのお陰ですぐに立ち上がることができたが頭を軽くぶつけたのか頭をさすっている。
「か、体が伸びていきますよ!?」
小さな体だったクインクの体が突然、まるで体を引き延ばしたように大きくなり、妙齢の女性のような大きな体になった。体つきも幼いものから大人の女性のそれへ。左右対称の角が太く伸び、小さな羽根も羽ばたくと様になるような大きなものへ。
「ありゃまぁ・・・大変だ」
「何が大変なんですか?!」
コロンが呆然としているのをルナがあわてて問い質すとコロンはルナと顔を見合わせていった。
「こりゃ下級悪魔のそれじゃない、これじゃあまるで上級悪魔だ!」
「えーっ!?」
まさか鼻血が原因とは思うまい。二人はその場で軽いパニックになった。




