悲劇
二人が抱き合って震えているとボルブはそれを見てニヤリと笑った。
「おい、お前ら」
自分達に何かさせようというのだろうか。すぐにでも逃げ出したい気持ちでボルブを見上げると彼は使っていた剣をクアットに投げ渡した。
「それ持って立っとけ、逃げたら殺すぞ」
そう言うとボルブは息を吸い込んで遠吠えを上げた。彼の特性である獣の咆哮、自分より弱いものを麻痺させる固有の魔法だ。
「んじゃ、後はよろしく」
恐怖でガタガタと震える二人を愉快そうに見つめるとボルブは魔法陣を開いて一足先に姿を消した。
「あ、あぅ!」
「うぅ、ふぐぅ」
二人はどうにかしてボルブの魔法から抜け出そうともがいた。先ほどの大声できっとすぐに人が集まってくる。教会の人間に見つかったら二人はお終いだ。
『向こうから大きな声がしたぞ!』
『司祭様の向かった所だ!』
人が集まる気配がする。そして・・・
「司祭様!貴様らの仕業か!」
「許せん!」
集まった聖職者たちが戦闘体勢に入った。クアットは自分が最初に狙われると本能的に察知する。そしてそれを裏付けるように自分中心に円形の陣が広がり始めるのが見えた。
「うぐぐ!」
自分の中の生命力を全てつぎ込むつもりでクアットはもがいた。
「に、兄ちゃん、怖いよ・・・」
クインクの声が聞こえる。その事が彼に最後の力を与えた。
守ってあげたかった、もっともっと、いい暮らしをさせてあげたかった。彼女が幸せになる姿を、見届けたかった。
クアットはかつての兄達がやった様に。
「クインク!」
「に、兄ちゃん?!」
妹を突き飛ばした。円に広がる聖職者の聖術の範囲からクインクを外に出す。
「生きて・・・生きて幸せに」
そう言った瞬間にクアットは光の柱に包まれた。魔を滅する聖術の一撃だ。その一撃は容易くクアットの身体を消し飛ばした。
「うわぁぁぁぁ!」
「に、兄ちゃん!兄ちゃぁぁぁん!」
クインクが手を伸ばしたがクアットの身体は塵なり、ついに触れる事は叶わなかった。
泣きながら塵の山に縋り付くクインクを見て聖職者は次の標的を定める。
「司祭様の仇だ・・・覚悟して貰う!」
そう言って再び聖術を展開しようとした時だった。
「そこまでだ!」
「聖人様?!・・・ぶえっ!」
声と共に駆けつけた修道女、エトナーが聖職者を殴った。
目を白黒させている聖職者にエトナーは怒鳴りつける。
「な、なにを!」
「バカが!踊らされやがって!」
何がなにやらと言わんばかりの聖職者にエトナーは司祭に近づくと軽く祈りの所作をしてから
「傷をよく見ろ!」
エトナーは司祭の亡骸を抱き起こし、聖職者達に致命傷になった一撃を見せた。
「背中から胸に掛けて一撃でブチ抜かれてる。インプの筋力じゃ土台無理な芸当だ」
「しかし、筋力を増強することも可能では?」
「バカ!コイツはそんな戦闘意識丸出しの相手に背後から刺されるような間抜けじゃない!」
そして、司祭を刺し殺した剣を拾い上げると切っ先を調べる。
「刃が欠けてやがる、骨の位置を無視して力任せに刺しやがったな」
「そ、それでは・・・」
聖職者が青い顔をしている。エトナーはそれを見てため息をついた。この聖職者は司祭と親しかった、それ故に判断が鈍ってしまったのだ。
「汚いやり口だ、逆らえない下級悪魔に罪を押し付けるやり方さ」
「そんな、では私は・・・」
無実の者を消し飛ばした、その事実に聖職者はへなへなとその場にへたり込む。
「きちんと懺悔して罪と向き合うんだな」
そう言いながらエトナーはクインクの前にやって来ると膝まづいた。
「インプのお嬢ちゃん、取り返しのつかない事をしてしまって申し訳ない・・・」
そして深々と頭を下げて謝罪する。周囲の聖職者たちが仰天する中、エトナーは遺灰を瓶に詰め、祈りを捧げた。
「せめてその魂が安らかであらん事を」
そして籠に入ったリンゴを持ってくるとクインクに手渡した。
「司祭は良い奴だった、最後になっちまったが受け取ってやってくれ」
エトナーの言葉はクインクにとって悲しみを完全に癒すものではなかったが彼女が自分に対しても対等に接する姿に少しだけ救われた気がした。
そして兄を消し飛ばした聖職者も自身の過ちに気づいて悲しみに暮れている姿も。
自分達が虫けら同然に扱われる事も多い中、こんな扱いを受ける事は異例だ。そんな中でのこの事故に対してクインクはただ運が悪かったのだ。そう思う事にした。自分が彼等の立場だったならあの優しい司祭があんな目にあってしまったらきっと平静ではいられない。
ただ、一人になってしまった事実だけがクインクを深く苛んだ。




