貧しき事、弱き事はいつも・・・
人間の世界には貧富の差がある。力なき者、知恵の無い者、運のない者。その諸々の理由から人々の間には格差が存在する。
「兄ちゃん、お腹空いたね・・・」
「仕方ないよ、それより今月の上納金を納めないと」
それは魔界であっても同じことだった。契約を受けて地上で働き、代償を得る中級以上の悪魔と違い、俗に下級悪魔と呼ばれる存在は下手をすると人間にも退治が可能なほどにか弱く、使い捨ての使い魔としての仕事ばかりだった。
「これだけでも自由に使えたらな」
「そうだなぁ」
二人のインプは古びた服を纏い、魔界にある貧民街を歩いた。大悪魔が統轄する魔界と言えどその全てに目が届くわけではない。それ故にこうした場所では中級悪魔がその地域を牛耳り、下級悪魔から搾取する構図ができていた。
「あ、あの・・・今月分です」
「おう、そこに置いてけ」
貧民街の中で大きめの建物に狼の頭を持つ悪魔がふんぞり返っていた。ボルブという悪魔は出自こそ無名の悪魔であったが中級悪魔としての実力を持っていたためにこの土地でボスになっていた。
性格はとにかく残忍で狡猾、他者を使い潰すことにまったく遠慮のない悪党であった。
上納金を商店を持たない下級悪魔に課しているのも金銭というよりは彼らが困窮から抜け出せないようにするためのものでもあった。
彼にとっては地上で仕事をする際に身代わりにする存在であり、使い潰すためのコマなどいくらあっても困らなかった。なにせ彼らはどう転んでも自分には敵わないのである。憂さ晴らしに殴り倒しても、退屈しのぎに命がけの仕事をはした金でやらせても自由だ。
悪魔は力がモノを言う。
ボルブはそれを良く知っていた。その為、上には逆らわず下を徹底的に支配することで自身は満足を得ていた。
「そ、それじゃ・・・」
下級悪魔達が自分を怯えた目で見ながら諂う姿が彼にとって何よりの娯楽だった。
「こ、こわかったね・・・」
「うん、あの悪魔は下級悪魔をいじめ殺すって聞いたし、目を付けられないようにしないと」
二人は家というにはあまりにお粗末な穴倉に入り込んで肩を寄せ合った。そして籠からかびたパンを取り出し、食べられない部分を捨てて二人で分け合った。
「上納金は払ったし、明日は地上に行って食べ物を手に入れよう」
「うん、わかった」
「それじゃ、兄ちゃんたちに挨拶してもう寝よう」
二人は穴倉に作られた小さな十字を模した飾りに祈りを捧げる。クアットとクインクは元は五人兄妹だったが厳しい生活の為に一人二人と命を落とし、最後に二人だけになってしまった。クインクに至っては両親の顔すら知らない。
このような貧しい境遇を嘆く事はあっても産まれの不幸を嘆くことはなかった。
お互いに支え合う兄妹がいる、それだけで二人はずっと耐えていた。
「よし、行こう」
「うん」
翌朝、二人は食料を求めて人界に移動した。そして教会の近くにあるごみ捨て場にやってきた。
ここの司教は下級悪魔や異種族に寛容でゴミをひどく散らかしたりしなければ見て見ぬふりをしてくれる。それどころか林檎や果物を恵んでくれることすらあった。
「ここらへんだ、よし・・・」
クアットがこっそりと歩き出し、ゴミ箱の蓋を開けた。中にはたべかけの料理や果物が入っている。
かびた食物しか得られない彼らにとってはたべかけであっても十分にごちそうだ。
「お二人さん、こちらをどうぞ」
二人がびくりとして声の方を見るとそこには優し気な表情で佇む司祭が立っていた。
一瞬だけびっくりした二人だったが彼がいつも二人に食料をめぐんでくれる司祭であることに気付き、笑顔で司祭に駆け寄った。
「司祭様!」
「司祭様だ!」
彼は片手に林檎の入った籠を提げている。二人はそれを見て花の咲いたような笑顔を浮かべる。
「さあ、どうぞ」
籠に手を入れて二人に林檎を差し出す司祭。そして二人がそれに手を伸ばした時だった。
「ぐっっ」
くぐもった声と共に二人の顔に何かがかかった。それが血液であることに気付くのにそう時間はかからなかった。
「ひゃはは、ようやく隙を見せたな」
「が・・・ふ」
司祭の瞳は瞬く間に光を失い、ぐったりと倒れた。その背後から姿を見せたのは二人にとって恐怖の象徴であったボルブだった。
「さて、これで契約は終了だな。ったく、素手ならもっと楽なのによ」
高位の聖職者は悪魔の爪や牙を防ぐ帷子を着ている。それは多くは布製であったが悪魔と戦う上に置いては無類の防御力を発揮する。欠点としては人の作った武器に無力な事だった。
中級悪魔程度の攻撃では致命傷を与えるのは難しいと今回、どうやってか人間の武器を仕入れたようだ。




