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いきたくない・・・

食事を終えるとルナは鞄を持って席を立った。そしてイングリッドに玄関で待ってると告げると先に行ってしまった。


「さて、それじゃあイングリッドちゃんも準備しなきゃね」


アリシアが朝食の食器を片付けながら言う。いつの間にか彼女の分の鞄も用意してくれており、おそらく色々渡してくれるであろう学校に行くための準備をしてくれていた。


「・・・」


楽しみでないと言えばウソになる。それにルナもいる。イングリッドにとっては確かに楽しいことであったが・・・。


「イングリッドちゃん?」


気が付いたらアリシアの服の裾を掴んでいた。自分でもこの矛盾した気持ちが整理できないのだ。

学校に行ってみたい。けど行きたくない。それは何故か。


「・・・いきたくない・・・」

「あらあら、どうしちゃったの?」


片付けかけていた手を止めてアリシアはイングリッドの顔を覗き込んだ。


「アリシア・・・さんと、はなれたくない・・・」

「あら、随分と気に入られちゃったわね」

「おかあさん・・・みたいだから・・・」


その一言を聞いてアリシアは突然イングリッドがぐずりだした理由を理解した。

亡くした母の面影をアリシアに重ねた彼女は目の前の降ってわいた幸運を手放したくないのである。

手放したら消えてしまうかもしれない。そんな考えが、実際に母親を失った経験から起こり得る可能性として否定できなくなってしまっているのだ。


「ルナちゃんも・・・一緒がいい・・・」

「そうねえ、長い間一人だったものね」


アリシアはそんなイングリッドを抱きしめ、頭を撫でてあげながら言う。


「でもね、イングリッドちゃん。あなたはちゃんと勉強して、友達を作って、外に出るようにしなきゃ」

「・・・」


子供にとって早くに両親を失ったことがどれほど大きな事か。アリシアはその事から立ち直れずにふさぎ込んだまま大きくなった子供を知っている。何が原因かは関係ない、ただただ親の愛情を十分に受けられなかったことそのものが既に悲劇なのである。


「ここに居たいならいつまでも居てくれていい。私もエルドもここで生活してるからね」

「・・・」

「ここを帰ってくる場所にしてくれていい。でも、此処にだけずっといることは良くないわ」


見上げるイングリッドの瞳が揺れる。どうして?という気持ちがその仕草から溢れている。

アリシアは彼女の願いを聞いてあげたい気持ちをぐっとこらえて、アリシアの肩に手を置いて続ける。


「貴女のお母さんもきっと、もっと一緒に居たかったと思う。だって今こうして一緒にいるだけで私も嬉しいから。娘が二人に増えたみたいで・・・でも、だからこそ私もあなたのお母さんがするべきだったことをしなきゃいけない」

「するべきこと・・・?」

「あなたをいつか、今じゃない・・・まだまだ先だけど、きっとあなたを一人でも生きていけるようにすること」


親の仕事は子を育てること、育てる事の終着点は独り立ちさせてあげること。

その過程で子を幸せにして、優しくすること、頑張ること、いろんなことを覚えさせて。

いつか誰かと一緒になることを、愛することを知って、いつか子が親になっていく。

その営みを教えてあげることが親の務めである。そうアリシアは思っている。


「家に閉じこもってばかりじゃきっとあなたの将来にとって良くないと思う。今は誰かと一緒でいい、ルナもきっとあなたの力になってくれるだろうから。そこから始めると良いわ」


アリシアにそう言われてイングリッドはゆっくりと頷いた。母は突然居なくなってしまった。

もしかしたらアリシアも、とそう考えていた考えを改めて。

服を着替え、鞄を背負って玄関に向かうと・・・。


「準備できた?さあ、行こっか」


ルナが笑顔で待っていた。それは太陽のように眩しくて。


「ごめんね、おそくなっちゃった」


そう謝るイングリッドにルナは首を横に振ってこたえる。


「大丈夫、全然遅くないよ。ただちょっとイングリッドちゃんにとって冬の朝みたいだっただけ」

「冬の朝?」

「寒い朝ってあったかいベッドからなかなか降りられないでしょ?そんな感じ」


だから気にしてないよ、とルナは言う。そんな自分の気持ちを見透かしたような言葉を受けて少しだけイングリッドは恥ずかしく思いながら、同時に自分を気に掛けてくれたことを嬉しく思った。


「ディーン先生もイングリッドちゃんが元気になったって知ったら喜ぶと思うよ」

「そ、そうかな?」

「もちろん、だってそもそも心配して家に行こうって最初に言ったのはディーン先生なんだから」


イングリッドの手を引いて、ルナは歩き出した。

家が遠ざかっていく怖さはまだ消えない。だけど、今は自分の手を引いてくれる人がいる。

だから頑張ってみようと思える。そう、まずは今からだ。

手を引いてくれることに感謝して、少しずつでもいいから、焦らないで強くなろう。

いつか、皆に胸を張って感謝を伝えられるように。


あのときはどうもありがとう。


そう言えるように。しっかりと立って歩かなければ。

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