眠り姫
アリシアに髪を整えて貰った後、イングリッドは難しい選択を迫られることになった。
「今日は部屋が用意できてないからどっちかの部屋で一緒に寝ましょうか」
アリシアがそう言うと二部屋の寝室を示した。
一つはスラウステッド夫妻の部屋、そしてもう一つはルナの寝室である。
「およよっ!」
変な声が出た。イングリッドはアリシアとルナを交互に見てどちらを選んだものか迷った。
迷いに迷って
「うぶぶ・・・」
顔がくしゃくしゃになるのを見て二人は仰天した。
「え、え?どうしたの?」
「えりゃべにゃい・・・」
「あらあら、困ったわね」
アリシアとルナはイングリッドを抱きしめ、泣き止むのを待ってあげることにする。
「ご、ごめ・・・なさ」
「謝らないで、私が意地悪なことを聞いちゃったわね」
アリシアがイングリッドの頭を撫でながら言った。
考えて見れば母親と死に別れて孤独な生活を送っていたのだ。それが寝る相手をどちらかを選べというのは酷なことだったのだろう。
「それじゃあ、三人で寝ましょうか」
「いいの・・・?」
恐る恐ると言った様子のイングリッドに二人は笑顔で頷いた。
「それならここをこうしてやろう」
隣で聞いていたエルドは暖炉の前に厚手のマットレスを持ってきた。
「ワシのお古だがこれなら三人で寝れるだろう」
大きなマットレスはエルドが使っていたものらしい。体格のいいエルドが寝る為だからかすこし詰めれば三人は容易い大きさになっている。
「暖炉の前を使って寝ると良い!温めとくからな!」
てきぱきと準備をするエルドにアリシアとルナは少し不思議に思ったが、エルドもどうやら彼女に何かしてあげたかったようだ。それを見つつマットレスの上に三人は横になる。
「うふふ、おじさん優しい・・・」
イングリッドは二人の間に挟まってご満悦だ。だがそれでも、体力がまだ追いついていないのかそのままゆっくりと穏やかな呼吸のペースで眠り始めた。
「明日は学校だったかしら?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ私達ももう寝ましょうか」
アリシアの言葉に頷くとルナもイングリッドの隣で目を閉じた。
その夜、イングリッドは夢を見た。優しい母に抱かれて眠る日々の夢を。
いつしか忘れていたあの日のことを。
「う、ううん・・・」
翌朝、目が覚めると自分はなにかに包まれているような感覚を覚えた。それがルナにであることに気付いたのは目が少し冴えてきてからのことだった。
「柔らかい・・・すごい」
とても同い年とは思えないボリュームにイングリッドは改めて驚いた。朝日はまだ弱く、夜が明けきっていない状況だ。そんな時間帯だからこそまだ残る眠気とは別にある気だるさを感じた。
(やば・・・また・・・)
血と魔力の枯渇。魔力は血と違い神器があればだれでも供給できる代わりに血ほど早く体に馴染まないという欠点がある。飲み物と食事の関係に近いだろうか。
どちらもモノによっては栄養はあるがやはり食事でなければすぐに枯渇してしまう。
「る、るなちゃ・・・」
「むーん・・・あばだむ!」
「あば・・・?」
どうやら寝ぼけているらしい。寝言が返ってきた。しかしイングリッドが再びもぞもぞと動くとうっすら目を開けた。
「るなちゃん・・・まりょく・・・」
「はい」
寝ぼけたまま即座に手に神器を装着してイングリッドの口に入れた。とても寝ぼけているとは思えないような流れる動作だ。イングリッドは再び驚くやら呆れるやら。
「うむゅ、うむゅ」
ちぱちぱと音を立てていると今度はアリシアが目を開けたが、ルナの手に装着されている神器を見ると
「ああ、それね」
と言った様子を見せてすぐに目を閉じた。育児の経験のある女性はこの程度では驚かないし、疑問も抱かないようだ。実際おしゃぶりだし、イングリッドの種族の事も知っているので仕方ない事だと知っているのかもしれない。
「・・・むぅ」
魔力を適宜補給できたのでイングリッドは再び瞼が重くなるのを感じた。それに頬に触れているルナの手が温かい。
反対側にはアリシアもいる。心配事などない。
「う・・・ん」
眠気に任せるままに、暖かい毛布と二人の間という最高の環境の中で過ごすのはとても心地が良かった。
「朝だよ、起きてー」
そんな声が聞こえてきたのはそれからどれくらいが経った頃だろう。
イングリッドは先に起きて着替えていたルナに起こされた。
「むぅ、もごご」
口に神器を咥えたままだったからか上手く返事ができないままイングリッドは起き上がった。
魔力を補給したからかとてもすっきりとした目覚めだった。
「おはようございますぅ」
「はい、おはよう。ご飯できてるから食べていってね」
「ありがとうございます」
食事ができていて、卓を囲む人がいる。慣れない所はありつつもイングリッドはいつもより贅沢な朝を迎えた。




