温かい家庭
夕食を済ませ、エルドが食後の晩酌でもと言い出そうとした時のエトナーは席を立った。
「そろそろお暇するよ」
「もうお帰りですか、晩酌でもと思ったのですが」
「夜に酒が入ると寝ちまうからな、まっすぐ帰るさ」
実際のところエトナーはこの家の居心地の良さに慌てて席を立ったのだ。おそらくこのままだと暖炉の前で寝てしまうだろうと。
フラウステッド家は良き人の集まった家族だ。それをエトナーは実感した。
「それではこちらを」
「悪いな、こんなものまで」
帰ろうと玄関まで向かうとエルドが小鍋を布で包んで手提げ袋の様にして持ってきた。中は先程食べたシチューの残りのようだ。そしてオマケと言わんばかりにバゲットが刺さっている。
「頼み事をしたのに夕食に土産物まで・・・、こう下にも置かない扱いをされると勘違いしそうになるな」
「勘違いとは?」
「まるで偉くなったみたいだ」
エトナーがそう言うと二人は顔を見合わせて大笑いした。
「それじゃあ、また明日かな?」
「ええ、また」
エトナ―は振り返って歩き始める。そして、そのまま塒の教会に戻ると貰ったシチューの鍋を置いて再び外に出た。
そうしてしばらく進んだ後にふと立ち止まった。
「・・・出てきな」
エトナ―が杖を突くと影から滲みだす様に数人の吸血鬼が現れる。彼らは月光教の信徒であり、イングリッドを影ながら保護していた人物である。
「聖人、あの子をどこにやった」
「信頼できる筋ってやつだ」
「昼間に出会った少女か?血の気配がない。他人に預けるのか?」
エトナ―は他人という言葉にぴくりと反応した。
「他人か・・・血筋のヤツに預けてあの子をあんなにしたヤツらが言う事じゃねえな」
「次は然るべきところに」
「それならウチの頼んだ相手で十分だ。お前らはもうすっこんでな、影ながらと言えば聞こえはいいが・・・」
何時から吸血鬼は子育ても影の中限定になった?とエトナ―は吸血鬼たちをにらみつける。
吸血鬼は血の繋がりを大切にする。それはいい、間違っちゃいない。だがそれが必ずしも子の為になるとは限らない。だが奴らは家族というにはあまりにも迂遠なやり方であの子を独りぼっちにした。
そもそも彼女がいた所は血がつながっているだけだった。気持ちもなにもあったもんじゃない。
「血だけで子は育たない。お前らも知ってるだろうに・・・」
「だが血が無くては我らは生きられぬ」
「そりゃあ皆同じさ、私が言いたいのは与えるヤツが必要だったことさ」
飯が当たれば子供は育つか?寝るところがあれば子供は健やかか?
そうじゃない、決してそうじゃないんだ。こいつらはどうにもそれがわからんらしい。
「母親が必要だ、家族が必要だ。それがお前らにできるか!さあ、吸血鬼ども!答えて見せろ!」
闇夜の中、吸血鬼を前に聖人は杖を掲げる。
一方その頃。イングリッドはというと。
「あぁぁぁ・・・し、幸せ・・・」
ふにゃふにゃになってリビングにいた。
先ほど、ルナとお風呂を共にしたのだ。理由としてはフラウステッド家では日課であるとともに、イングリッドがあまりにバッチかったためである。
ほぼ寝たきり生活かつ、極貧生活だったために彼女は風呂という概念すら怪しかった。
産まれた村は風呂が無かったし、こちらに移ってからは公衆浴場に行かないといけないために毎日は無理。
そこに経済状況の悪化というわけだ。
(・・・お、同じ人間・・・?)
イングリッドは入浴時に体調を気遣って一緒に入ってくれたアリシアとルナの体つきを見て興奮を通り越して驚愕していた。ルナはもちろん、アリシアもその体つきは栄養失調でやせぎすの自分の体しか見たことがないイングリッドにとってはもはやカルチャーショックとでもいうべき衝撃であった。
そんな体つきの人がいるとか、こんな体になってみたいだとかを思ったとしてもそれが目の前に現実としてやってきた時の衝撃たるや。
「綺麗になって良かったね」
湯が黄ばみ、石鹸が泡立たないという恐ろしい汚さだったが二人の献身の甲斐あってイングリッドは綺麗になった。そして今日はルナと同じ部屋で寝るために髪を梳いてもらっていた。
「白くてきれいな髪ね」
アリシアが櫛を滑らせると栄養が行き渡り始めたかのように髪は艶めいていた。
ルナも自分の髪を整えながらイングリッドが嬉しそうにしているのを見て笑顔になる。
「・・・ありがとうございます」
恥ずかしそうに、俯きながらイングリッドは呟いた。ここまでしてもらうことに嬉しさと同時に申し訳なさも感じさせていたから。自分にこの人達に返せるものがあるのか?という疑問が湧いたからだ。
「いいのよ、子供がそんなこと」
それに対してアリシアはそう返すと頭を撫でて微笑む。アリシアはこういったことをしてあげることに慣れている。それはルナにしてあげたこともそうだが、神官として多数の人間に奉仕してきた経験からでもある。




