99レナード視点
「レナード、ランドルフが怪我を負った今、お前が代わりに王太子となる」
「はい、父上。兄上は今、どのような状況なのですか?」
「ランドルフは深い傷を負い、とある場所で眠りについている」
「兄上は、戻ってこられるのでしょうか」
「ランドルフは心身ともに重傷だ。目覚めないかもしれない」
「……そう、なのですね。ぼ、私に兄上の代わりが務まると思いません。王太子は兄上のままでいいのではないでしょうか。目覚めたら復帰してもらいたい」
「そういうわけにはいかない。レナード、お前も私の自慢の息子だ。問題ない。ランドルフに付いていた側近をしばらくの間つける。わかったな」
「はい」
王宮襲撃の時、僕はたまたま母上と王族のスペースでお茶をしているところだった。
護衛達の声が響き、母と僕は従者たちと共に安全な場所まで避難することになった。
「レナード、無事だったか」
「父上、兄上は?」
「今は自分を守ることに集中しろ」
そうして全てが終わったあと、兄が僕たちを守るために魔法を使っていたことを知った。
父も母も兄の魔法を見ていたのだろう。
顔色はとても悪かった。
そして父から僕が兄上の代わりに王太子になることを告げられた。
最初は戸惑いながらも王太子教育を頑張って取り組んできたんだ。
でも頑張れば頑張るほど兄上の優秀さを実感して泣きたくなってくる。
兄は幼い頃から文句ひとつ言わずこんなことをしていたのか。
それまで自分は優秀だと思っていたけれど、王太子になってからすぐに理解した。
僕は兄の背中を追いかけるだけで精一杯だ。
兄はいつも遠くを見ていた。
一体兄は何を思っていたのだろうか。
「失礼します。レナード殿下、今度の舞踏会についてお聞きしたいのですが」
「フォールド侯爵、どうしたんです?」
先の事件で多くの上位貴族たちの爵位は没収され、新たに爵位が上がった家がある。
フォールド侯爵もそのうちの一つだ。
兄が貴族のやり取りを残しておいてくれたおかげで対応もなんとかできている状態だ。
「ランドルフ様が静養だと発表されてから日も経ちます。今度の舞踏会で僅かな時間だけでもランドルフ殿下の出席をおねがいすることができますか?」
「なぜ兄を呼ぶ必要があるのかな?」
「我々貴族の中にはランドルフ殿下を支持する者も少なくありません。彼らを納得させるためにも……」
「重病人を舞踏会に引っ張り出してこいというのかな?」
「いえ、決してそのような……」
「兄は舞踏会に参加しない。貴族たちがそう思っているのは私が不甲斐ないせいだね。
フォールド侯爵をはじめとした貴族たちには苦労をかけているのは理解している。私からは兄について何も言えない。兄のことに関しては父に掛け合って欲しい」
「畏まりました」
僕だって兄に会いたい。
不甲斐ない僕の話を聞いてほしい。
でも叶わない。
兄は一体どこへいるのだろう。
そう悩んでいる間もなく、扉は勢いよく開かれた。
「レナード殿下、きょ、今日はここにいると聞いてきました、わ……」
「……君は、確か、セリーヌ・エンブロアー侯爵令嬢だったよね。急にどうしたのかな? 今、大事な話をしている最中なんだけど」
過去に一度、婚約者候補者として彼女には会ったことがあるけれど、その時からこうして先触れなしに突撃してくる。
父も母も兄のことで婚約者を早々に決めることはせず、保留のままだ。
けれど、彼女は僕を気に入ったのか既に婚約者気取りでこうして好き勝手に部屋に入ってきたりする。
もちろん扉の前で騎士たちには止めるように言い聞かせているのだが、彼女は侯爵の使いだと言って証明書を出して見せ、止めた騎士に暴力を振るわれたと爵位を持ち出し責め立てることが何度もあった。
一介の騎士では止められないことが何度も続いている。
今日も証明書を出しながら勝手に入ってきたんだろう。
「わ、私はこの国を支えるエンブロアー侯爵家の令嬢なんです。優先されるのは当たり前、です、わ」
「おやおや、元気なご令嬢ですね。誰かと思えばセリーヌ嬢でしたか。そんなに元気では殿下も疲れてしまいますよ」
「れ、レナード様はね、公務で疲れているから、こうして私が疲れを癒しに来ているのです、わ」
見かねたフォールド侯爵が彼女に声を掛けるが、彼女は窘められたことが気に障ったのか、不満げな顔をしながら言い返している。
「私は君に頼んだ覚えはないよ。それに何度も言っているけれど、侯爵の使いなら父に渡すように言っているよね。これ以上、私の邪魔をするのなら婚約者候補から君を外すことにするよ」
「そ、そんなっ! 私はただ、レナード殿下のことを思っているだけ、ですのにっ」
セリーヌ嬢はシクシクと泣きはじめた。
毎回同じように泣いて執務の邪魔をしてくるし、僕もそろそろ限界だ。
彼女をどう追い出そうかと思案していた矢先――。
―コンコンコンコン。
ノック音と共に執務室の扉が開かれた。
「レナード殿下、お呼びでしょうか」
どうやら側近がすぐに知らせを出してくれていたようだ。
「宰相、彼女を連れて行ってくれるかな」
「また貴女でしたか。今度、殿下の邪魔をしたら王宮への出入り禁止にしますとお伝えしましたよね。ほらっ、行きますよ」
「れ、レナード殿下ぁ」
宰相に連れられてセリーヌ嬢は部屋から去っていった。
「……レナード殿下も大変ですね。妃選びは慎重になさるようお願いします。では私もこれで」
そう言ってフォールド侯爵も執務室を去っていった。
「……」
静まり返った執務室は再び書く音だけが響いていた。




