208.
パーシルがメガネの奥の冷静な瞳で遠くの森を見る。
「見つけた、ゴルムスたちだ」
サバイバル演習は残り二組になっていた。
一組目は優勝候補であるパーシルとクーイヌのチーム、そしてもう一組はこの演習のダークホース、ヒースとゴルムスのチームだった。
だが、パーシルの表情に驚きはなかった。
まるでヒースとゴルムスチームが最後まで残ることを予想していたように。
「行こう」
「うん」
すぐさま追跡を開始するパーシルとクーイヌ。
相手は罠を駆使してくるのだ。時間を与えれば与えるほど、不確定要素が増えていく。
相手を視界で補足しているというこの状況が、最も求めていたものだった。
一方、クーイヌの表情はというと、ヒースチームを相手にすることになって眉がハの字になっていた。
同じ宿舎の友人たちということもあるが、原因は主にヒースと敵対しなければならないということだった。クーイヌはヒースに斬りかかったことが一度もない、一対一の訓練のときですら。ヒースの攻撃からクーイヌが逃げ回り、最後にはヒースが『もぉ〜! いい加減にしろー! 逃げてないで斬りかかってこぉ〜い!』と癇癪を起こす。それは北の宿舎の訓練の名物的な光景になっていた。
クーイヌがヒースに斬りかからないのは、周囲の人間からすると『まったくの謎。意味わからん』だったり、『主従関係を仕込まれているんだろう』という話があがるが、そもそもクーイヌにとってヒースは守りたい女性なのである。怪我させるようなことしたいわけがなかった。
パーシルはチラッとクーイヌの表情を見る。
この演習においてクーイヌの動きはパーフェクトだった。その優れた瞬発力と、鍛え上げた持久力を活かして、どんな相手も寄せ付けず一瞬で屠ってきた。その表情も研ぎ澄まされたものだ。だが、今の表情は明らかに集中力をなくし、精彩を欠いている。
それでもパーシルは何も言わなかった。
(今のクーイヌに必要なのは俺の言葉ではない……)
ゴルムスとヒースはこちらが追跡を開始したのと同時に、ある方向に走り出した。
あちらも自分たちに気づいていたのだ。おそらく自分たちよりもずっと前から。
なのに姿をあらわしたということは……
(おそらく誘導されている……)
視界の先でヒースとゴルムスが二手に分かれた。
(分断するのが狙いか?)
パーシルは走りながら考える、相手の狙いと自分たちが取るべき行動を。
まず最も基本的な行動はこちらも二手に分かれて戦うというものだろう。どちらも見失わずに一対一の実力勝負に持ち込める。単騎での実力はパーシルたちの方が上だ。これが最も勝率が高い。
だが、逆に言うとヒースとゴルムス側は連携を混ぜて勝負しないと勝ち目がないことが目に見えているはずだ。なのに、一対一に持ち込むような動きをすることはおかしい。何か狙いがあるということだった。
相手の狙いに乗らない方法はある、こちらは二人で一匹を追い倒してしまえばいい。
片方から目を離してしまうという不安要素はあるが、一人倒してしまえばその時点でほぼ勝利が確定する。
その場合、ゴルムスを追うと、何をしてくるかわかりづらいヒースを見失うことになる。ヒースを追跡して、二人で仕留めたほうがいいだろう。
(だが……)
横を走るクーイヌは明らかにヒースと戦いたくなさそうな顔をしていた。
これで十分なパフォーマンスを発揮してくれるのかは疑わしい。
パーシルは互いに離れていくヒースとゴルムスを見た。ヒースの瞳はまっすぐに自分を睨んでいた。ゴルムスは気合いの入った表情でクーイヌを見ている。
(なるほど、あちらはヒースと俺を組み合わせたいということか)
彼らの真剣な表情に比べて、クーイヌはすっかりいつものしょぼんとしたものに変わっていた。
自分に『強くなりたい』と申し出た、あの真剣さがない。
それらを見て、パーシルは決心した。
(わかった。相手の狙いに乗ろう)
「クーイヌ、ゴルムスを追ってくれ。俺はヒースを追う」
「わ、わかった」
クーイヌは明らかにホッとした気配を見せた。
パーシルは心の中で呟く。
(のんきなことだ。もし俺がやられたら、君は二人を相手にしなければならなくなるんだぞ)
そのことはあえて告げずに、パーシルはクーイヌと別れた。




