言わぬが花。別れの背中
――そして現在。
「凪よ、忘れ物は無いか? 今日来ない人たちとのお別れは済んだのか?」
「無いし、お別れも済んでるよ。てか、ささっとしないと約束の時間に遅れる。それに何回目の質問だ?」
「しかしじゃのぅ……」
何やらぶつぶつ言ってる人物を無視して、次元の家にいるもう一人に声を掛ける。
「アリサも問題ないか?」
「問題ない」
あの激闘の後。
ディスティアの言った座標は次元にだけ分かる世界が存在する次元の座標だった。
言われた時間に、言われた座標を見ると俺の元の世界があったのだ。
その後その世界に次元にだけ分かる印を付け、体を休めた後に元の世界に変える予定にしたのだ。
そして、いよいよ今日。元の世界に帰ることになった。
「まぁ、これまでみたいに頻繁に会えなくなるとは思うけど別にお前らが会いたいと思えばいくらでも会えるかもしれないんだからさ」
「そう……じゃな」
あの後も俺と吹上は意識が朦朧としながらも戦い続けた。決着は覚えていない。その場のアリサの証言だとどちらからともなく倒れたようだ。
いや、俺は倒れたのではない。前のめりに休んだだけで吹上には勝ったんだけどな。やっぱり主人公は二度も負けないよね。いや、一度目だって負けた訳じゃないし、俺は主人公だと自惚れるつもりもないけど。
閑話休題。
まぁ倒れた俺たちはアリサに運ばれ、次元と合流。研究所にいた人達は全員解放し、実験体にされ、大きな傷や意識障害を起こした人物などは大きな病院に運ばれた。ついでに俺達もそこで入院することになった。
病院についてはSSSランク二人が脅したのでもう実験台にされることはないだろう。
病院には完二さんと雄介さんが日本から迎えにきて、色々な手続きや帰国の準備などをしてくれた。
戦いに間に合わなかったせめてものお詫びらしい。そもそもアリサが一緒にきてくれたのはこの人達の尽力のおかげだからこの人達が居なければ俺たちは死んでいただろう。
日本に帰宅した後はアリサは次元の家の部屋を一つを借り、一緒に過ごしていた。ただし、トイレや風呂場は能力によって守られ、美少女二人と過ごしていてもライトノベルのような展開はなかった。それどころか、最初のうちは病院で寝たっきりになっていたので関わりも少なかったのだ。
怪我はある程度はアリサの能力で何とかなったがそれも万能ではない。治療には治療される側の体力が多く使われるし、栄養なども多く使うため下手に使ったら栄養失調や餓死なんて事にもなりかねない。なので応急処置程度に留め、残りは病院でゆっくり治療ということにしたのだ。
それは吹上の奴も同様で、当たり前と言えば当たり前だが同じ病院に入院していた。ただし奴の場合はアリサの治療は俺よりも軽くである。そのため未だに病院で治療中のはずだ。
まぁ、奴自身の能力でも自分自身ならある程度治療可能だし問題ないだろう。
怪我についてはアリサも次元も問題ない。寧ろこの二人は入院すらしていなかった。その分能力の酷使が酷かったがそれも数日安静にすれば元通りであった。
「んじゃ、行くか」
俺は明るく言う。
これは一生の別れではない。また次元が会おうとすればまた会うことは出来る――かもしれなかった。
だから悲しむ必要はない。もっと言えばしみったれた別れは趣味じゃなかった。
様々な想いを抱えながら俺はこの世界にきてからずっと世話になってきたその扉を開けた。
『……眠い』
学校の屋上。そこには俺がこの世界で今までお世話になってきた人物たちが集まっていた。
皆が別れってということで言葉に迷い、無言で気まずい空気の中一番最初に声を発したのは永井先輩だった。いや、正確には声は発していない。ただテレパシーを使っただけなのだが……。
その空気を読めない台詞。それがこの息苦しい雰囲気を壊し、小さく笑い声が聞こえてくる。
「本当にお主はぶれないな」
『私は私の思ったことを言っただけ』
などと永井先輩は言っているが俺はわざと悪い空気を壊してくれたのじゃないかと思った。
「んじゃ、永井先輩がさっさと寝れるようにさっさとお別れを済ませるか。永井先輩色々とお世話してくださりありがとうございました」
俺は感謝の意味を込めて永井先輩にお辞儀をする。
この人が能力について教えてくれなければ俺はここには居なかっただろう。他にも色々と細かいサポートを俺には何も言わずにこっそりとしてくれた。それによってあまり困ることがなかった。
そう考えると、この人には感謝してもしきれない。
「帰っても頑張れ、弟子」
ほとんど聞いたことがない永井先輩の生声。
それに俺はしっかりと頷いた。
「氷上、お前には色々迷惑かけた。お前と話してるときはかなり楽しかったぜ」
「私も……」
「あと、そのキャラは黒歴史になる前に趣味が合わない人の前ではやめとけよ」
「黒歴史になんかならないやい!」
そう言ってお互いに吹き出す。
性別は違うがもっとも話の合う相手だった。そして彼女は最も普通の少女だった。
いや、性格的には兎も角、出自もその後の人生も極々普通。だからアリサの時に巻き込んでしまったのは本当に申し訳なく思う。
謝りたいがそれをしたら謝るなと言われるだろう。だからこそ俺は拳を無言で突き出した。
氷上も俺の意図を察したのか拳を軽くぶつける。俺と氷上は無表情のキャラを演じることなく、本心から笑った。
「雄介さん。完二さん。色々と骨を折ってくださりありがとうございました」
「おう。元の世界でも頑張れよ」
「応援してるよ」
この二人はアリサの事を始め色々な面で世話になった。
心が弱ったときには相談に乗ってもらったり、一個軍隊ににも匹敵するSSSランクが勝手に国外に行っても大きな問題になってないのはこの二人が裏で外交なり、上層部への手回しをしたりしてくれたおかげだだ。
二人とも俺たちを影ながら、時には前にでて守ってくれた立派な大人だった。
「翼ちゃん。那美を頼んだぜ」
「お兄さん、任せてくださいっす。あ、いや那美っちのお兄さんはあの吹上先生でこの人ではないから……でも、別世界のお兄さんであるわけで……あぁ、めんどくさいっすね。とりあえず私が絶対に那美っちを守ってみせるっすよ」
「おお。任せたぜ」
那美が誘拐された時、この子が必死になってくれた。
これから何かあるかもしれないがこの子が居れば大丈夫だろう。この子なら絶対に那美の力になってくれるだろうと思えた。
「那美。お前には色々と心配かけたな。それにこの世界の俺が色々とすまん」
「いいの。私にはお兄ちゃんが生きてて、戻ってきてくれた事がすべてだから。私はそれだけで十分。それより早く向こうの世界の私を安心させてあげて。それと向こうの世界の私によろしく言っておいてね」
「あぁ、約束する」
そう言って頭をなでる。
那美はされるがままになり、少し経ったところで「もうおしまい。残りは向こうの世界の私にしてあげて」と言った。
「アリサ……」
「んっ」
こいつにはなんて言えば良いのか分からなかった。
最初はただその能力と敵であるという事実に恐怖を隠せなかった。
その後何も知らない。ただ言われるがままにしてるだけの少女だと分かり、同情。そう、その時はその悲惨な境遇に同情したのだ。だが、その後吹上を殺されたと思い、怒りを抱く。
そして、なぜか敵の本拠地に行く際に仲間として同行。
不振を募らせながらもアリサの真摯な、健気な姿勢に期待に応えたいと思った。
今は何度も命を救われた大事な仲間だ。それは間違いない。
しかし、仲間なのは変わらないがどうしてもその過去を水に流すことは出来なかった。
自分でも矛盾してるとは思うが、その両方の気持ちがあるのも否定できなかった。
「私はあなたの相棒」
言葉を迷っていた俺にアリサはそう言った。
あの中国の時、それからずっとその言葉を忘れてなかったのだろう。
その言葉で色々とごちゃごちゃしていた感情は一つに纏まる。
「おう。お互い元気でな、相棒」
その言葉と共にハイタッチを交わす。
これ以上の言葉は不要だった。だから今度は残る一人に顔を向ける。
「次元……」
「のう。凪よ」
「何だ?」
「儂は儂のせいでお主をここにつれてきたのに、今お主を元の世界に返したくないと思っておる。全く、本当に儂は勝手なやつじゃな」
「おう。それは俺も同じだな。帰りたいと思ってるし、帰りたくないとも思っている。お前が必死に帰る方法を探してくれてるのを知っててそう思ってるんだ。俺も勝手な奴だよ。だからそれで良いじゃねぇか」
「凪……」
「人間勝手なもんさ。結局は自分が良ければいい。その延長で周りが幸せなら自分も良い。結局他人に何かをするのも自分勝手の延長さ。だから俺も勝手を言う。必ずまた会おう。お前が次元を開いてくれると信じてるから」
「本当に勝手じゃのう……」
次元は泣いていた。
俺のために色々とコネを使い、金を使い、時間を使い、能力を使い、情報を使い、様々な物を使い俺を保護してくれた。俺を守ってくれていた。俺を元の世界に返そうとしてくれた。
すべて分かっている。その上で無茶を言う。
「お主の世界は出来る限り捕捉し続けるつもりじゃ。じゃが、それも離れすぎれば出来なくなると知って言ってるのか?」
「知らないが、考えてはいた」
「私は長らくの間一人だった。お主はまた儂に一人になれと言うのか?」
「今は一人じゃないだろ。お前には戸崎さんが居るし、アリサも居る。しかも今のお前なら友達も増やせるだろう。それでも無理だったら俺に会いに来いよ」
「それがどれだけ無茶なことを言ってるのか分かってるのか?」
「分かってないね。だけどお前のことは信頼してるよ」
「全く、最後まで勝手な奴じゃ。儂もお主も」
「そうだな」
「もう現実逃避して寝るんじゃないぞ」
「お前もスパッツ穿いてるからってスカートのまま踏みつけようとするんじゃないぞ」
俺等は出会った時のころを思い出して笑った。
まだ少し前のことなのに、あのころから俺たちは大分成長し、変わったと思う。
「じゃあな」
「あぁ……」
俺と次元の関係はなんと呼べばいいのだろうか?
俺と吹上なら同一人物。
雄介さんや完二さんなら尊敬する大人。
船井は友達で、氷上は親友。永井先輩は先輩。
戸崎さんは少し怖いお姉さん。
校長は校長。クラスメイトはクラスメイト。
翼ちゃんは信頼できる妹の友達。那美は別世界とは言え妹だ。
アリサは相棒。
ならば次元とは?
知り合い、友人、親友、仲間、ライバル、恋人、好きな人、愛人、夫婦、コンビ、相棒。
色々と関係を表す言葉を思い浮かべるがどれも違う気がする。
たぶんこの答えは一生分からないだろう。それ以前に俺は次元との関係を言葉にして明確にしたくなかった。
これこそ勝手であり、酷くつまらない回答であろう。
例えつまらなくとも俺と次元は言葉に納められる関係にはなりたくないと思える。
「……アリサ、準備は出来ておるんじゃろうな?」
「問題ない」
「なら補助は任せるぞ」
そう言って二人は空間に穴をあけ、世界を渡る次元の通り道を作り出す。
その間に俺はこの場に隠れているもう一人に声を掛ける。
「この世界の俺」
「気づいていたか……」
吹上は建物の影から俺だけに見えるように姿を現した。
「もう那美のもとから消えるんじゃねぇぞ」
「分かってる。そう言う俺こそ那美の元から二度と消えるんじゃねぇぞ」
「当たり前だ」
「じゃあな俺。二度と会うことはないと思うぜ」
「そうだな俺。じゃあな」
数多くの人間に見送られながら、俺は安定した次元の穴へと足を踏み出す。
元の世界に帰る為に。
次回最終回予定




