下らぬ幻想
ここで少し俺のこの世界に来る前の過去を思いした。
何もおかしなところもない普通の人生だ。
一つだけ他の人と変わったところがあるかもしれないが、現実的にあり得る範囲だろう。
普通の中堅家族に生まれ、家族を、兄弟と仲良くしてほしいという理由で伊耶那岐と伊耶那美から付けられた。
俺は那岐という名前になる予定だったが、漢字書くのが難いからめんどいとかいう理由で凪になったらしい。
3年して那美が生まれた。
那美の名前は伊耶那美から那美と名付けられた。
どうやら女の子だから難しい方がミステリアスで魅力的になるんじゃない? などとふざけた理由で奈美とか南海とかいう名前にはならなかったらしい。
理不尽だ、と思ったのは内緒だ。
小学4年の時、中学1年だった土田紳也がまだ1年生だった那美たちの女子友達グループをいじめてたらしい。
勉強や親にしいたげられたそのストレスによってなどではもちろんなく、強い力に酔いしれたかっただけだろう。
その時は夢中で体格も、年も上の土田に向かっていった。
何度も何度もボコされ、それでもひたすら立ち向かっていった。
すべては妹をいじめていたそいつが許せなくって。
結局は何針も縫う大怪我と共に倒すことができた。
土田は前歯二本と、腕のヒビだけで明らかにこっちの方が重傷であったが素直に妹を助けたと思い喜んだ。
小学5年生になると友達がいなくなった。
どうやら俺と話した奴が土田にボコボコにされたらしい。
その話はすぐに広がり、俺と話すと殺されるかもしれないとなったのだ。
そしてすぐにいじめが始まった。
土田を尊敬してる同学年だった奴が土田の命令で始めたのだった。
俺はなんか親に心配かけたくなく、そのことを誰にも言えなかった。
それが小学校卒業まで続いた。
俺はこの期間の間に一度だけ自殺を謀った事がある。
小学校六年の時にリストカットをしたのだ。
漫画やドラマなどにあるように手首を切ったが、実際には手首の表面にあるのは静脈であり、死ねなかったが。
それでも親に怒られた。妹に泣き叫ばれた。
いじめを受けて自分はいらない存在だと思っての行動だったが、家族の存在によって俺は必要とされているのだとわかった。
この時に俺は自分が一人で生きてるわけでも、一人で完結してるわけでもなく、周りによって生かされ、周りの人によって構成されていることが分かった。
だからこそ自分を大事にしよう。
俺は一人で生きてるわけじゃないから自分で自分を殺すことが、自分を嫌いになることが自分を作ってくれた周りの人を否定する行為だと感じるようになった。
中学では土田がついに少年院送りとなり、土田と仲が良かった奴も周りに避けられるようになって俺にちょっかいを出すのをやめた。
2年間続いたいじめも中学校に入ったことによりきっぱりと無くなったのだ。
1年の中旬頃には普通に友達ができた。
しかし、土田にいじめられたことが頭が離れなくなっており、抵抗できるだけの力がほしかった。
そして友達に教えられた深夜アニメを見ることになった。
最初はオタクっぽい。エロいのがばっか。ろくなのがない。などと見る前から忌避感があったのだが、友達が勧めた大ヒットラノベ作品のアニメにはまってしまった。
チートと呼べるような奴らに、特定の条件でしか力を発揮できない少年が大事なものを守るために戦う王道ものだ。
特定の条件下だから何度も何度も主人公が死にかける。
だが、大切な人の見せる涙のために、自分に助けてって言った人のためにハッピーエンドにするために何度も立ち上がるその姿に俺は憧れた。
その主人公に触れ、敵さえも仲間に引き込む主人公の魅力に惚れた。
俺は仲間だけでなくその敵でさえも守って、味方にする主人公のとりこになったのだ。
その後は、今まで忌避感を抱いてた深夜アニメを見るようになった。
いまだに女子高生同士がいちゃいちゃしたり、青春ラブコメなどといった作品は肌に合わなかったが主人公が何かのために、些細なことのために戦う作品は色々と、深夜、ゴールデンタイム問わずに見た。
もちろん月曜日に発売する某週刊少年雑誌は毎週買っていた。
一年の終わりごろにはそれが酷いことになっていた。
憧れすぎてまねるようになってしまったのだ。
髪を伸ばして片目を隠し、ジャラジャラと意味もなく鎖を巻く。
クールにといってそっけなく返事を返したりした。
その時に色々と黒歴史ノートが生み出されたのは秘密だ。
そんな俺に親や先生は拳骨を無言で落とし、友人たちは苦笑いや苦笑をしていた。
この時にイザナミとイザナギは兄妹神であり、夫婦神であれど離縁して別れたままであるので両親の願いとずれてしまうのに気付いたのは内緒だ。
両親は別段神に詳しいわけでないので単純に知らなかっただけであろう。
2年には当たり前のことだが俺は特別な存在じゃないと知り、魔法も超能力も存在しないことを知った。
いや、知ったというより自覚した。それを受け入れるようになっただろうか?
そのころには服装も元に戻り、中二的発言もしなくなった。
3年の夏。
二次創作の小説サイトを見つける。
相も変わらず漫画や小説、アニメなどが好きだった俺はそのサイトを見た。
二次創作ということで原作崩壊や性格のとらえ方の相違でつまらないと思う作品も多かったが、様々なものを読んだ。
中には趣味やとらえ方が似てるようで文は拙くともすごく楽しく読めた作品もある。
中でも出版や会社の違いで絶対にコラボするはずのないクロスオーバーものには燃えた。
そうしていくつも呼んでいるうちにそのサイトがあるサイトの派生サイトだと知った。
それでその元サイトも読むようになった。
そのまま高校とやってきてもその創作物は好きだった。
二次創作の小説サイトは著作権とかの問題で消えてしまったが元のサイトの方は今も読んでいる。
色々と呼んだ中でも王道バトルは好きだった。
厨二病の時のように見た目を真似ることはなくなっても、現実に漫画やアニメみたいなことが起こらないと自覚しても、好きだった二次創作サイトがつぶれたとしても、人の、大切なもののために戦う主人公にはひたすら憧れた。
絶対にこのように、誰かと戦うことがなくとも大事な何かを守れるようになりたいと思った。
そして今も思い続けている。
――だからどんな苦難があったとしても、どんな酷いことがあったとしても、このように平気で殺気を向ける自分が信じられなかった。
「もう俺だってわかったんだから分かるだろ? 妹を危険に晒した人の中に俺が、お前が含まれてるってことに」
あぁ、分かってしまう。
何があろうと守ると決めた那美を危険に晒した。
それだけで十分に怒りの対象になることに。
そして俺は俺自身を一度嫌った事のあるからこそ自分を客観的に見て理解してしまう。
ここで俺が死ねばこの世界の俺が死んだと勘違いされ、那美に近づく危険もなくなると。
あぁこの世界の俺にとってはなんて幸福な、俺にとってはなんて不幸な話なのだろう。
だが、死ぬわけには行かない。
自分が、周りの人によって構成された自分が死んでしまうわけには行かない。
俺には元の世界に帰って那美を安心させなければならない。
家族に無事を知らせねばならない。
だからこそまだ死ぬわけには行かない。
「――そのことはお前も分かってるよな!! 俺ェェッ!!!!!」
俺は大声と共に走り出す。
魔銃使いによって貫かれた両腕が、わき腹が悲鳴を上げる。
しかし立ち止まればその瞬間に死ぬ。
死ねば家族に無事を知らせる事が出来ないのだ。
何度も立ち上がって勝てばいい。
土田に立ち向かった時のように、憧れてきた主人公のように。
俺は空気を纏い蓄積されたダメージで鈍くなった体を無理やり動かす。
今はどうなろうと関係ない。
明日生きていれば問題ない。
相手の能力はもともとは電撃関係だったようだが今は不明。
地面に倒れてる聖剣使いを見れば腕に無数の穴が開いていた。
それが相手の能力の正体。
幸いに短剣の一本は聖剣使いに刺さっているままだ。
近づかずに様子を見て冷静に行けば勝機はある。
「とかって思ってるんだろ?」
無造作に蹴りだした右足、しかし到底届くはずもない距離だった……。
そう、”だった”のだ。
どういうわけかその右足は足の形をしてなかった。
鋭く、長く伸びたそれは槍のように俺の腹に刺さっていた。
「死にかけの体で、超能力に一日の長がある相手に勝つなんて無理な話だ。それに俺とお前は同じなんだぜ? 才能も努力も力も頭脳も、そして経験してきたことも2年前までは同じだったんだぜ? それで死線をいくつも越えてきた俺に勝とうなんて、所詮は下らぬ幻想だな」
その言葉は何よりも冷たく、鋭かった。




