第8話 ブリア語。
「なあ、アンドレ。今日の客人な…」
「ああ。あのいけ好かないブリアの商人でしょう?」
アンドレは最近は厩舎に入り浸っている。やることはたくさんあるし、馬、楽しい。
意外なほど表情豊かだし、人の好き嫌いもはっきりしている。馬、いい。
ヤンじいさんに弟子入りした気になっていたら、姉弟子がいた。もちろんそのほかにも厩務員はいる。屋敷で使う馬の世話と、いずれ出荷する馬を世話している。
姉弟子はエデルというくそ生意気な女だ。ブリアから馬の勉強にやって来て、14歳からヤンじいさんに弟子入りしてもう6年もいるらしい。
時間があると調教師のマノン先生に調教も教えてもらっている。この…マノン先生もこれまたいいのだ。馬とお話してるのか?と思うくらい馬に言うことを聞かせる。俺も馬になりたいと思うくらいだ。エデルにバカにされるから言わないけど。
この姉弟子のおかげで、俺の出勤時間はどんどんと早くなって、今は朝4時だ。
奴に負けないスピードで敷き藁を交換する、馬をブラシする、飼葉を配る…。
「お前らいい加減にしろ」とヤン師匠が時々呆れる。
時間がある時は、牧草地を馬で駆けることもある。
褒めたくはないが…エデルは上手だ。馬好きが伝わってくる。生意気だが。
俺たちが好き勝手走っている時、ヤンじいさんに馬を引かれて、シリル坊ちゃまが乗馬の訓練をしていた。坊ちゃま、こんなことまでサボって…いたな。
坊ちゃまが無気力になって、おばさま方(年上のお姉さま方)や女の子たちと遊び始めたのも分からないでもない。伯爵家子息という地位はある。次男坊まではスペアとしての期待もあるが、三男坊には受け継ぐ爵位も土地もない。小さい頃は普通に真面目だった。大きくなるにつれ、いろいろと見えてくるものだ。その上、兄二人は優秀だったし。
俺も子爵家の次男坊で、学院を出るとすぐに遠縁のレミ伯爵家に仕事に出された。それから坊ちゃまのお守り役である。継ぐ物が無いというのは、不安定だ。自由だ、という人もいるが、変に身分があるから、何でもいいというわけにもいかない。
家門に泥を塗らないことを求められるが、期待もされないし、必要ともされない。
まあ…だからと言って留年するぐらい学院をサボるのもいかがなものかと思うがな。
ここのところ、何があったのか、坊ちゃまはいろいろ動き始めた。(物理的に)
今だって、夕食後にブリア語を教えろと言うので渋々教えている。それで、さっきの話だ。
「何言っているのかわかんなかった。ジュリとあの男、二人で楽しそうに笑ってるしさぁ」
「まあ、社交辞令でしょう?」
「そうかなあ…妙に親しげだった。僕の分かる言葉で話せって。大体、フールに来ているんだから、フール語話せ!!って思わない?」
「……まあ、いけ好かない男だったことは認めましょう」
あの男、馬の放牧場を見に来て、エデルに色目を使いやがった。二人でこそこそ話しているし。
当主に対する態度も確かに馴れ馴れしかった。
「ご結婚されたと伺いました」
そう言って、お祝いを持ってきたんだな。
「私も随分前からあなたをお慕い申し上げておりましたのに」
とか言って…ブリア人のはずなのに、そこらのイリア人みたいなキザな言い回しだった。坊ちゃまは言葉はわからなかったけど、野生の勘で気が付いたってわけか。
…それでも…この人が、誰に言われてもやろうとしなかった勉強を、自分からやりたいと言い出す日が来るとは…。
アンドレは簡単なブリア語読本を広げて、坊ちゃまに子供に教えるようにブリア語を教えだす。




