第6話 シリルの日常。
朝、シリルが目が覚めると、もうアンドレは出かけた後だった。退屈だからアンドレを追いかけて僕も行こうかと思っていたんだけど…ま、いっか。
メイドが洗顔用のタライを運んできてくれて、何時ものように朝が始まる。
朝食が終わってから、厩舎まで散歩に出かける。
「おや、旦那様、お散歩ですか?」
庭師が帽子を取って挨拶してくれる。にっこり笑って挨拶を返しながら、屋敷の裏に向かう。初日にロープを引いた厩舎が見えてくる。
あの時の仔馬を見ていくか。そんなことを考えて、厩舎を覗き込んだ。
「…そうだな。来月にはやっておくか」
「離乳を確認したらやりましょうかね」
いつかのおばちゃんこと、わが妻、ジュリエンヌとヤンじいさんが仔馬を見ながら何やら話しているところだった。仔馬はしっかりと自分の足で立って、はしゃいで走っている。
「やあ、おはよう、何をやる相談なんだい?」
何の気なしに二人の会話に首を突っ込む。
「ああ。おはよう婿殿。去勢の話だよ?」
ジュリエンヌが言った単語がよくわからずに、聞き返した。
「去勢?」
「ああ。旦那様、この子はオスだったので、早めにたまたまを取ってしまうんでさあ。そうするっていうと、おとなしくなるんで」
「…たま、たま?」
笑って見ていたジュリエンヌが、ヤンじいさんの言葉を補足してくれた。
「オス馬はな、そうしておかないと仕事の途中でメス馬に発情したり暴れたりする。だから早めに去勢する。そうするとおとなしい馬になるから」
…たまたま…?
***
「帰ってきたのか、シリル。で、何を学んできた?」
「父上…持って行った持参金の倍額の慰謝料を…」
「は?1年もいて何も学ばなかったのか?」
ため息をついて立ち上がった父親が、手に見たこともない大きなハサミを持っている。
「お前がその辺の女に種をまき散らかしたら、うちの名誉にかかわるんだ。わかるな?」
カチャカチャと、ハサミが音を立てる。
「え?父上?」
「その辺の女に発情しないように、お前の…」
僕は思わず後ずさる。
「ぎゃあああああああ!!!」
「どうされましたか、お坊ちゃま。うるさいんですけど」
ランプを手にしてアンドレが寝間着のまま立っている。心底嫌そうな顔だ。
…夢?
僕は寝台から落ちたらしい。
「え?…ああ。夢か…」
汗をびっしょりかいていて、背中がひんやりとする。
恐ろしく怖い夢だった。
「夢を見たんですか?明け方の夢は、正夢になると言いますからね」
しれっとそんなことを言い捨てて、アンドレが控室に帰っていく。
…正夢に???
僕はシャツを着替えて、毛布に潜り込んだ。
3月になったが、早朝は凍えるほど寒い。
結局、二度寝できなかった僕は、朝早くから厩舎に出かけていくアンドレの後を追って、厩舎に出かけることにした。




