第3話 女当主。
早馬が着いて、おばさまの手紙が届いた。
【あなたの婿を見つけたので、近々、向かわせます】
そんな内容だった。
ジュリエンヌは呆れながらも、侍女長のアンヌに手紙を見せて、客人用に部屋を整えておくように指示した。
「王都から客人が来るらしいから、部屋を用意してやってくれ。客間で良いぞ」
「あらあら、まあまあ!ようございましたね!お嬢様!」
「…すぐに帰るだろう」
そう言ったが、彼女は聞いていないようだった。アンヌはスキップしながら執務室を出て行った。廊下で、きゃあ、きゃあ、とメイドたちの叫び声が聞こえるところを見ると…小一時間もすると屋敷中の者が、下手をしたら領地中の者が知ることになるかもしれない。
「期待なんかしない方がいいのに」
誰にともなくジュリエンヌがつぶやく。
窓の外は2月には珍しく綺麗な夕焼けが広がっている。窓ガラス越しにそれを見て…写った自分の顔を眺める。
顔を隠すように鼻先近くまで伸ばした前髪。邪魔にならないように結い上げた艶のない茶色の髪。
皆が心配してくれているのはわかっているが…。
「まあ、すぐに帰るだろう」
同じことをもう一度繰り返して言うと、ジュリエンヌは椅子に掛けて置いたエプロンをつけてリボンを結ぶと、産気づいたと報告を受けていた愛馬の様子を見に、いそいそと厩舎に向かった。
***
「チッ、逆子だ」
ランプを幾つも吊るした厩舎で、厩務係のヤンじいさんが、おろおろしていた助手のエデルに怒鳴った。
「早く、先生を見つけて連れて来い!」
怒鳴られたエデルが、血相を変えて駆け出していく。この地では冬の間は馬も牛も出産ラッシュだ。獣医の先生は走り回っているはず。ジュリエンヌは汗だらけの愛馬のリュシーを撫でながら、青ざめる。初産は厳しい時があると知ってはいたが…。
「お嬢、難産になる。覚悟してくれ」
「ああ」
丁度入り口に立っていた少年に、ヤンじいさんがまたしても怒鳴る。
「何ボケッと突っ立ってんだ!!ロープを持ってこい!」
少年が上着を脱いで、壁に掛かっていたロープを持って、ヤンじいさんに手渡している。手早く出てきたばかりの仔馬の後ろ脚にロープを巻き付けて、
「なにやってやがる!早く引け!息が出来なくて死んじまうぞ!」
そう言って少年と駆けつけた男と一緒に仔馬を引き出しにかかる。もちろん、私も一緒になって引く。リュシーが嘶く。
「思い切り引け!」
ずるりっ、と白っぽい胎盤に包まれたまま、厚めに敷いた干し藁の上に仔馬が引き出される。
「よっしゃ、口元を拭け。息が出来んぞ!」
胎盤を手で破りながら、敷き藁で仔馬の鼻のあたりを夢中で拭き取る。生きている。
そのまま濡れた仔馬の体を拭いていく。
ヤンじいさんが仔馬の後ろ脚に縛り付けたロープを外した時、獣医の先生とエデルが駆け込んできた。
「産まれたか?どれどれ」
「いやあ、先生、逆子だった。慌てたよ」
「ああ。いい子だ。大丈夫そうだな。君たち、少し離れて」
仔馬を一生懸命拭いてくれていた少年と男が、驚いたように手を離す。
リュシーが、仔馬に顔を近づけてべろりとなめだす。
「うん。大丈夫そうだな。後は俺が見ておくよ。仔馬が立ち上がるのを見てくかい?」
私たちはリュシーの出産用に設けられた小屋の囲いから外に出て、柵越しに眺めた。
エデルが綺麗な干し藁を運んできて、親子の馬の血だらけの足元に重ねていく。仔馬はリュシーに促されるように、前足を立てては何度か転び、ようやく立ち上がった。
「おお!」
小さく感嘆の声をあげた少年を、思わず微笑んで眺める。
薄暗くてよくわからなかったが…こんな子、うちの使用人にいただろうか?
通路のランプに照らされたその少年と見知らぬ男は、妙に嬉しそうに仔馬を見ている。シャツもスラックスも、出産の時の血で汚れているが。
…誰だった…かな?
ジュリエンヌは無事に愛馬の出産が終わったことにほっとしながら、侍女頭のアンヌが新しい使用人が来るなどと言っていたかな?と考えていた。




