第19話 父親の苦悩。
「旦那様、シリル坊ちゃまに会わせろとご婦人が玄関に…」
「またか…」
呼びに来た執事を睨みつけてから、レミ伯爵当主は執務室で頭を抱えた。
去年からいったい何人のご婦人や令嬢がこの家を訪ねてきたことか…。その度に丁寧にシリルの不在を告げて、お帰り頂いてきた。
先月、ヴァレリー伯爵家から多額の振り込みがあって動揺していると、息子が帰ってきた。ひょっこりと帰ってきた息子は、私に頭を下げると金の無心をしてきた。
またか…。そう思ったが、どうも違った。もう一度ヴァレリー伯爵家当主にプロポーズするために結婚指輪を作りたいというので…様子を見ていた。
奴は誰よりも朝早く起きて、庭仕事や掃除を手伝い、私の事務仕事まで手伝いだした。私と長男坊は目を丸くして驚いた。付け焼刃かとも思ったが、もう一か月になる。それぐらい…奴は変わっていた。
今は丁度、出来上がったと連絡を受けた結婚指輪を取りに、うちのお抱えの宝飾品店まで出かけていて留守だ。
しぶしぶ上着を羽織って、玄関わきの応対室まで出向く。
来客用のソファーに、上品なミルクティー色の髪のご婦人が座っている。着ている紺色のワンピースも良いものだ。レースの襟に、サファイヤのブローチを付けている。
…綺麗な人だが、社交界では見かけない顔だな…商家の奥方か?相変わらずシリルの相手は無差別だな。
私の姿に気が付いたご婦人が、ゆっくりと立ち上がってお辞儀をした。
「お義父様、ご挨拶が遅れて大変申し訳ございませんでした。ジュリエンヌです」
…お義父様?これも常套句だ。何がお義父様、だ。
しかも、奴はヴァレリー伯爵と復縁するつもりだと言ったのに…何やってんだ、シリル??
「シリルは今おりません。出直していただいてよろしいでしょうか?」
ご婦人の淡い緑色の瞳が驚きで大きくなって…じっと私を見た。
「それではお帰りになるまで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「うーん…そう言われてもな」
長期戦か?本当にここにシリルが帰ってきたりしたら…ますます面倒そうだ。
そう思ったが…ご婦人は動きそうにない。途方に暮れながら、侍女が出したお茶を飲む。
「ただいま帰りました。え?僕にお客?」
そうこう言っているうちに、シリルが大事そうに小箱を抱えて帰ってきてしまった。
仕方がないので、応対室のソファーに座ったまま、シリルを手招きした。
「ここだ」
カタリッと、ご婦人が席を立つ。
「シリル!」
「え?ジュリ?本当にジュリ?」
私は…父親の目の前で抱き合う二人を、あんぐりと口を開けて眺めた。
…な…何をしてるんじゃ!シリル!!不倫してる場合か?
呆れて言葉にならなかった。やはり…こいつの性根は変わらなかったか…。
「シリル、迎えに来た。帰ろう?」
「うん。僕はね、ちゃんとジュリにプロポーズしようと思って…。これ」
慌てて箱を開けたシリルが、膝をついてそのご婦人に指輪を差し出す。
「ジュリエンヌ、僕と結婚してください。僕にはあなたが必要です」
「ああ。私にもシリルが必要だ。遅くなって済まなかった」
付けてもいい?よくサイズがわかったな、メイドのミアに聞いたんだ、などと言いながら…二人がお互いに指輪を付け合っている。
「ち…ちょっと待て、シリル!どういうことだ。この人は誰だ?お前…もう一度ヴァレリー伯爵家に戻りたいんじゃなかったのか??」
キョトンとした顔の二人の視線を受ける。いやいや…私の方が、キョトン、だから!
「え?父上、こちら僕の妻のヴァレリー伯爵、ジュリエンヌです。ジュリエンヌ、僕の父だ」
「え?」
ヴァレリー伯爵家当主?と言ったら、二目と見れないほどの醜い女なんじゃなかったのか??
「ジュリ、そう言えば前髪切ったんだね。とてもよく似合うよ」
「ああ、婿殿の顔がよく見えるようにな」
「あははっ。キスしてもいい?」
「ああ、弟じゃないんだから、頬じゃないぞ?」
「うん」
何を見せられてるんだ、私は…。




