第18話 魔法使い。
「あら、いらっしゃいませ、奥様。思ったより早いお越しで」
「…あ、あの…」
王都のアレクサンドラ商会のドアを叩くと、出てきた赤毛の美しい女性が微笑みながら私を店の中に招いた。
「磨きがいのある方ですわね…うふふっ。おまかせくださいね」
「え、はい。あの…これを使ってもらってもよろしいですか?」
「はい。髪飾りと、ブローチですね。お預かりいたしますわ」
そう言いながら広い個室に案内される。
「香油は3番。髪は念入りに。化粧水はそうね…51番かしら」
控えていたスタッフの女性にてきぱきと指示を出して、ミレーヌさんは部屋を出て行った。そこで…驚いたことに3人もの女性に風呂に入れられて、髪から足の指先まで洗われた。湯船は野の花のような香りがした。
「楽にされてくださいね」
にこやかに話しかけられながら、湯船に沈む。
香油を全身に刷り込まれている間、指の爪を整えられる。
ローブを羽織り、ようやく椅子に座ると、濡れた髪を柔らかい布で拭きとられた。
正面には姿見がある。私の長い前髪に隠された顔が鏡に映っている。
「髪結い師のミシェルでーす。あらまあ、腕が鳴りますわね」
個室に入ってきた縦ロールに髪を巻いた男性(?)が、私の顔の脇でにっこりと笑う。ハサミやブラシの並んでいるテーブルには、私が持ってきた金にサファイアのついた髪飾りがレースのハンカチに乗せられていた。
「奥様、ここから先は目をつぶっていただいてよろしいかしら?」
目を閉じる。ここまで来たのだ。後は…魔法使いを信じよう。
サクッとハサミが入る音がする。髪結い師の鼻歌が聞こえる。
「カワイイ髪飾りね。お相手は青い瞳なのかしらん?」
「…ええ」
「うふふっ。いいわねぇ、恋って」
「でも…私もう25歳になりますのに…」
「あーら。関係ないわよ。恋なんていくつになってもできるものヨ?」
「しかも…夫、だった人ですし」
「あらあ!自分の旦那様に恋だなんて…うふふっ、震えるほど可愛らしいわん」
サクッ、サクッ、と迷いなくハサミが入って行く音がする。
髪をとかして、こぼれた切った髪を払うのだろう、ブラシを掛けられる。
パチン、と髪飾りの金具の閉まる音がして…くるりと椅子が回される。
「もう目を開けていいわよ。うん。我ながらいい出来だわあ」
椅子が窓側を向いてしまったので、自分で仕上がりを見ることはできなかったが、窓の外のほんの少し雪を残した枯れ枝が花を咲かせているように見える。視界が…広くなったんだな。そう思った。前髪で抑え込まれていた顔を、ほんの少し上げる。
「あら。いいわね」
部屋に入ってきたミレーヌさんが、自分用の小さな机の天板を上げた。
沢山の化粧品と、たくさんのブラシが入っているようだ。
両手に取ったクリームを顔に刷り込まれる。私はまた目をつぶった。
「奥様の旦那様…シリル様は学院の一つ先輩で…」
「……」
「あの容姿でしょう?とてもおもてになってましてね。正直…女性の敵、みたいな方でしたのよ。うふふっ」
「……」
「私はこの商会の化粧品部門を継ぐことが決まって…ちょうど、男性用化粧品の売り出しを掛けようと思っていましてね。それで、シリル様に近づいたんですの」
「……」
「舞踏会であの人ほど派手に女性と踊る人もおりませんしね、筋肉もなく、中性的な魅力もありましたし…いい広告塔になるはずだったんですけど…奥様と結婚が決まってぷっつりと社交界に現れませんでした」
「……」
「それですっかり忘れていたんですけど…あの日、ばったり再会したところを…誤解させてしまいましたかね?奥様の手しか取らないと、エスコートもしませんでしたよ?」
「……」
「あ、唇を少しだけ開いてください」
「……」
「驚きましたよ。人間て変わるものなんだなあって。学院にいるときはなんていうか…死んだ魚の目、みたいな目をしてましたから、シリル様。あははっ。それが、あんなにたくましくなって、自慢の髪も切ってしまって…無駄なものがない、いい顔になりました。男性用化粧品の広告塔にはなりそうにないですねぇ」
「……」
柔らかい刷毛が、頬をなぞっている。
「そうしたのは奥様でしょう?凄いですね。誰も変えられなかった彼をあそこまで変えたんですもの。むちゃくちゃ奥様に惚れこんでいますよね」
「……」
「そして…それはシリル様の片想いだったわけでしょう?」
「…それは…」
「そう、それも今日で終わるわけですね?さあ、出来ましたよ」
椅子がくるりと回って、姿見に自分の姿が映る。




