第14話 訪問者。
「ねえ、ジュリ?僕は少しはジュリの役に立ってるのかな?」
年明けに各村々から届く収支の報告書に埋もれながら、婿殿がそう聞いてきた。
今は帳簿も任せられるほどになってきた。税率の計算方法も事務長のマルセルが叩き込んだ。うちの馬の売り上げも、うちの領地を通る街道の通行税もなにもかも年末に締めて、検算を入れていく。
「ああ。助かっているよ」
そう言うと、婿殿は嬉しそうに笑った。
「あ、当主、そう言えば今日ですね、王都からアレクサンドラ商会の方がお見えになる予定でしたよね」
「ああ。オーレリアンに伝え忘れたな。伝えておいてくれるか、マルセル」
婿殿が立ち上がって、自分が伝えてくると言ってくれたので、来たら応対室に通しておくように言伝を頼む。
「うん。わかった」
そう言って婿殿が執務室を出て行った。その後すぐに、馬車が一台入ってきた。
「思ったより早かったな」
ジュリエンヌは立ち上がって、窓から見下ろした。
商会の名が入った、豪華な馬車だ。宣伝を兼ねているのだろう。
コートのフードを取った女性は、流れるような美しい赤毛だった。駆け寄ったのはオーレリアンではなく婿殿。その女性の手を取って、馬車の後ろに隠れるように何やら話し始めている。
…そう言うことか…。
アレクサンドラ商会から来た手紙には、うちの馬の毛で化粧用の刷毛を作る相談をしたいと記されていたが…。あの女性は2月まで待ちきれずに、シリルを迎えに来たのかもしれない。そのためになにか本当らしい理由が必要だったのかもしれないな。
ジュリエンヌはオーレリアンが客が来たと呼びに来るまで待とうと、もう一度席に座りなおした。離れ離れになっていた恋人たちはいろいろと積もる話もあるのかもしれないし。
ジュリエンヌは先ほどから検算を入れていた書類をもう一度見直す。指先が震えて、何度計算しても合計が合わない。動揺している自分に我ながら呆れた。
***
執事長のオーレリアンに客が来ることを告げていると、馬車寄せに馬車が付いた。
降りてきた女性が、コートのフードを取った。流れるような赤毛が広がる。シリルは正直、ぎょっとした。
「え?」
「ああ、もうお着きになったようですね」
そう言いながら一歩踏み出したオーレリアンを押しとどめて、シリルは自分で走って迎えに出た。
「ミレーヌ?」
手袋をとっている女性に声を掛ける。特徴のある髪色だから、間違いようがない。
「え?あら、シリル様?そう言えばこちらに婿入りされていらっしゃったんでしたわね。失念しておりましたわ」
しれっとそんなことを言うミレーヌの手を取って、馬車の後ろに回り込む。
「どうしたんだ?」
「え?今日はお仕事のお話で参りましたのよ。ははーん、」
そう言いながら、にやりと笑った。
「決してあなたをお迎えに来たわけではないから安心して。その前に、私に言うことがあるでしょう?」
「え?ああ…いつかはすっぽかしてすまなかった。やんごとない事情があって…」
そう言ってシリルは素直に頭を下げる。
「まあいいわ。二人分の夕食をきっちり食べて帰ったから。そう言うあなたはずい分と雰囲気が変わったのね?へえ」
僕をまじまじと眺めながら、真っ赤なマニキュアを塗った爪が自分の頬を叩いてくる。唇も真っ赤だ。昔、どうしてこの唇が欲しかったのか…今はもうよくわからない。
「なんだか顔つきも良くなったわね。とても女の子をとっかえひっかえしていた男には見えないわーん。うふふっ」
「……」
「奥様に本気、ってわけ?ただの政略結婚で、二目と見れない醜い奥様だって噂だけど」
「…そんなことはない。失礼だぞ」
「はいはい。奥様にお会いすればわかることでしょ?いつまで私、こんな寒いところであなたと立ち話しなくちゃいけないのかしら?それとも、何?まだ私のことが好きだとか?一年前の続きをするつもりでひきとめているわけ?」
「それはない」
「あ、そう」
ミレーヌが僕に向かって手を伸ばす。エスコートしろと言うことなんだろうが…。
「ごめん。僕はもう妻の手しか取らないことにしているんだ」
そう言うと、ミレーヌが面白そうに笑った。




