第12話 冬。
執務室で、おばさまからの手紙を開いていたジュリエンヌは苦笑いをする。
【お披露目はまだ?もう一年になるわよ?12月の舞踏会には来るの?今度は夫婦同伴なんだから堂々といらっしゃい】
相変わらず…。
6年前に亡くなった父の妹にあたるおばさまは、小さいころから何かと私のことを気にかけてくださっている。シリルを見つけてきて、婿に寄こすほど。
「そうか、もうすぐ1年になるんだな」
ジュリエンヌはそう独り言を言うと、窓の外を眺めた。
初冬のヴェレリー伯爵領は今日も澄み渡った青空だ。それなりに寒くはなるが。
その空の色が、婿殿の瞳の色に似ていると、ふと、思う。綺麗な色だ。
うちのすぐ隣の領は海に面していることもあって、ここは年中温暖な気候である。おかげで、冬の間も牛や馬を放牧することができる。夏草は干して蓄えた。迎える冬もさほど心配するほどでもない。
婿殿は相変わらず休日は教会の学校に出向いている。領内に3つあるので、順番に回っているという。馬に乗れるようになったので、今日も従者と馬で出かけているはずだ。
「マルセル、私用の貯金で、1500万フルール用意できるか?」
父がこつこつ私の結婚資金用にと積み立ててくれた分と、毎期、領主用に振り分けられる必要経費。この前のブリアの展示会で婿殿の馬具を買ったくらいで、あんまり使うこともない。
「ええ。ございますが…何かにお使いで?あ、結婚式ですか?」
急に話を振ったので訝しそうな顔を向けた事務長のマルセルが、一転、笑顔になった。
「いよいよシリル様のお披露目でございますね?もう一年になりますものね」
うんうんと頷いている。
「いや…聞いてみただけだ」
侍女長のアンヌも、婿殿の部屋をそろそろ私の部屋の隣にするようにしつこいくらい言ってくるようになった。
「いつまでも旦那様を客間などと…お嬢様、聞いていらっしゃいますか??」
この結婚の事情を知っているオーレリアンはさすがに何も言ってこないが、婿殿をかわいがっているようだ。
ヤンやマノンまで、春先に生まれた仔馬を婿殿の馬にすると告げたら、妙に張り切って育てている。
…乗れるようになったころは、婿殿はいないんだけどね。
おばさまの手紙を畳んで仕舞うと、立ち上がって窓の外を眺める。
丁度帰ってきた婿殿が、私の姿を見つけて手を振った。それに手を振り返した。
***
「坊ちゃま、12月の舞踏会はどうなさるので?」
アンドレは学校の帰り道にシリルに聞いた。行くのであればそろそろ正装を用意しなければ、セミオーダーでも難しくなる。去年まで着ていた物はもう小さくなって着れないし。
「いかない、と思う。ジュリが人前に出るのを嫌がるだろうし。結婚したらよほどのことがない限り夫婦同伴だしね。ジュリが行かないなら行かない」
あんなに華やかな場所が大好物だった坊ちゃまが…大人になったなあ。そう思って、アンドレは胸が熱くなる。
…それに、いまさらお二人で公の場に出るのは得策ではない。2月になったらお二人は離婚するんだし。社交界のいい噂の種を蒔くだけになる。だから逆に…自分一人だけでも行くというかもしれないと思っていた。次の婿入り先も必要になって来るし…。
「あ、ジュリだ!」
屋敷に帰ると、執務室の窓に当主の姿を見つけて、坊ちゃまが嬉しそうに大きく手を振る。
いつも思うが、良く見つけるものだ。どこにいても見つける。
このまま、という選択はないのだろうか?
ないか。
坊ちゃまは変わった。
どうも当主を好きなようだ。その感情がいわゆる恋愛、というたぐいのものなのかどうかは俺にはわからないが。どうでもいい恋愛を重ねてきたあの頃の女の子たちとは違うようだ。そう思う。
当主は…変わらなかった。
最初から一貫して…まるで自分の弟に接するような態度を一度も変えていない。
あと4か月か。
手を振る坊ちゃまに気が付いた当主が、小さく手を振っているのを眺めながら、アンドレは小さくため息をついた。




