第11話 因果は巡る。
「彼女は僕の妻です。遠慮していただけませんか?」
ジュリの肩を抱いてお茶を誘っていたいけ好かない男に、僕は言い放った。
ぐいっと、ジュリの手を取って引き寄せる。
「おやおや。旦那様でしたか。私はてっきり弟君かと思っていましたよ」
そう言いながらおどけて笑う男を睨みつける。ジュリは少し驚いた顔で僕を見た。
展示会に一緒に来ていたアンドレとアンドレの先輩のエデルさんと一緒に、うちの馬とブリアの馬を見ていたら、初動が遅れてしまった。油断も隙もない男だ。
「旦那様、改めまして。ゲレオン商会の会頭を務めております、ヘルベルトと申します。お見知りおきを。奥様とのお付き合いは長いものですから…ふふっ。お茶にお誘いしただけですよ?」
「会頭、この人は今回初めて来たものですから、私も付いていろいろ見て回りたいと思います。また、後ほど」
さらりとジュリがそう言うと、あっけなく男は引き下がった。本当なら、お茶を飲んでいる間もないほど忙しいのだろう。
「ん」
僕はジュリの前に腕を突き出す。
「?」
「う…腕を組んで歩こう。迷子になりそうだ」
そういうと面白そうにジュリが笑って、腕を組んでくれた。
ほんの少し前の僕なら、さらりと出てきたセリフが、どうもジュリの前では緊張してしまって上手く言えない。
今日のジュリはレース襟の付いた綺麗な緑色のワンピースだ。ジャケットは僕とデザイン違いのお揃い。襟元にサファイアのブローチ。僕はペリドットのタイピン。
アンドレがせっかくならエメラルドにしたらいいと言ったが、この石の方がジュリの瞳の色に似てたから。
僕の余所行き着を買いに行った先で衝動買いした。メイドさんたちが総出でワンピースのサイズを直してくれたから、今日のジュリはちょっと違う。髪留めは金にサファイア。前髪といつものネット付きの帽子は…まだそのままだが。
展示会場は広い。庭に柵が作られて馬が何頭か。屋敷内はブースごとに布地から糸、ドレスに宝飾品。金物では鍋や窯、何に使うのかよくわからない機械、農具、馬具に至るまで。最近よく見るようになった懐中時計やステッキ、チェス駒…馬車、帆船(さすがにこれは模型だった)や木材まで…思いつく限りのすべてが展示されている感じだ。
各商品の前に小さなメモ紙が備えてあって、その場で必要な個数と自分の名前を書けば注文が成立する仕組みになっているようだ。購入は個人でも商店でも可能だが、この展示会の招待状自体が選ばれた人にしか届かないらしい。
僕とジュリは腕を組んで、あちこち見て回った。
「この商会は、人間以外なら何でも取り扱っておりますよ」
元々はブリア国出身だというエデルさんが、半ば呆れたような口調でそう言う。
実際、奥の部屋では銃やボウガンなどの武器も展示されているようだ。行かないけど。
アンドレとエデルさんがまた馬を見てくるというので、ジュリを誘って中庭に設けられた休憩用のテーブルに着いて、お茶を頂く。お茶もかなり良いものだ。これにも注文用のメモ紙がある。なかなか商魂たくましい。
「ジュリ、疲れない?」
「ああ、大丈夫だ」
僕たちは他所の人たちから見たらどう見えるのだろうな。
休憩しているご夫婦を眺めながら、僕はふと、そんなことを思った。
***
「彼女は僕の妻です。遠慮していただけませんか?」
のんびりと馬を見ていたら、血相を変えてお坊ちゃまが駆けだしたので、慌てて後を追った。なるほど、いつかの商人に当主が肩を抱かれている。良く見つけたな。
坊ちゃまが俺を相手に散々練習したセリフを言い放つ。
あれ?デジャブ?
出かけた舞踏会でお坊ちゃまがご令嬢を口説いていると、その女の子の婚約者によく言われていた。俺はそれを少し離れて、ひやひやしながら聞いたもんだ。
「彼女は僕の婚約者です。遠慮していただけないか」
そう言われるとお坊ちゃまはにっこり笑って言い返していた。
「君の?次のダンスのお誘いをしていただけだよ?」
なんならそのご令嬢の指先に上目遣いでキスを落としながら。
くくくっ、
アンドレは思い出し笑いをして、エデルに気味悪がられた。
因果は巡るんだな。




