第10話 秋。
秋になって、冬の間に生まれた子牛のセリが始まった。
うちの領からも出荷するというので、ジュリにくっついて見学に行った。
王都近くの大きな街道の交差する大きな家畜市だ。
子牛はピカピカに磨かれて、大きな荷馬車に乗せられていく。見送りに来た領民が帽子を取っていつまでも手を振っているのを見て、僕は泣きそうになってしまった。
相場などはまだよくわからないが、ジュリが言うにはまずまずの値が付いて競り落とされたらしい。メスの子牛はオスよりも高値で取引されるらしい。これは全くのひいき目だが…うちの牛は綺麗だと思う。
ジュリは市に行くのもジャケットに長いスカートと、ネットのついた帽子。地味で…家庭教師の先生みたいな格好だ。
ジュリの髪をハーフアップにして…ミルクティーのような髪色だから、金色の髪留めもいいなあ…綺麗な緑色のワンピースにレースの襟がついてるのも似合いそう…。
僕はそんなことを想像してみた。言わなかったけど。
***
「ゲレオン商会?」
秋が深まった頃、ブリアのあの、いけ好かない商人からブリア国内での展示会の招待状がジュリあてに来た。ジュリの執務室で書簡と書類の整理をしていた僕は、その招待状を見つけて駄々をこねた。
「僕も行く。絶対に行く」
アンドレに毎晩習ったから、ブリア語は大丈夫。商用ブリア語も勉強した。あの怪しい商人がジュリを口説いたら、
「彼女は僕の妻です。遠慮していただけませんか?」
…このセリフをクールに言えるように、アンドレを相手に何度も練習した。
「そうか。じゃあ、行ってみるか。うちの馬も2頭だけだが出るしな」
よし。
部屋に戻って、屋敷から持ってきた秋物の余所行きの上着に袖を通してみると、キツイ。
「ねえ、アンドレ。上着、縮んだ?」
なんとか羽織ったまま、後ろで見ていたアンドレを振り返った。肩がほとんど動かせないほど小さい。
「いえいえ、坊ちゃまが育ったんですよ」
僕の上着を脱がせながら、アンドレが笑っている。
「筋肉が付いたんですよ。背も少し伸びましたしね。買うしかありませんね」
「そ、そうか。作業着はアンヌやオーレリアンが用意してくれてたから気が付かなかったよ。でも、アンドレ?僕…そんなにお金がないよ?」
「大丈夫でございますよ。旦那様に預かっております」
「…そうなんだ」
「服も靴も揃えましょう。でも、今からだとオーダーは無理ですね」
***
アンドレは旦那様に小切手帳を手渡された時…坊ちゃまが変な女に手を出した時に口止め料に使うように、と言われた。こんな健全なことに使うとは思っていなかった。
隣の領の街まで馬車に揺られながら楽しそうに外を見ている坊ちゃまをアンドレはしみじみと眺めた。
他の女どころか…妻になったジュリエンヌ様にも手を出していない。まあ…それはそれでどうなんだ?とは思うが。彼の中では1年限りの客人のようなつもりなのかもしれない。
それにしても…随分と変わられた。
ブリア語はもう問題ない。それどころか、あの商人に張り合うために、ブリアの商用語まで独学で学ばれた。今はイリア語を教えているが、コツをつかんだ坊ちゃまの吸収は早い。屋敷の事務官に事務仕事も教えてもらっている。ヤンじいさんに習って、もう馬も乗れるようになったし。
そうして…畑仕事でも厩舎の仕事でも屋敷の掃除でも庭仕事でも面白がってやっている。一番驚いたのは、自分の知らなかったことを教えてくれたのが使用人でも子供でも…嬉しそうに頭を下げる。「ありがとう」そう言って。
今はお坊ちゃまは使用人や領民に慕われている。当主で妻でもあるジュリエンヌ様もかわいがっている。
お坊ちゃまに気がついた領民が手を振っているのが見えた。馬車の窓から身を乗り出してお坊ちゃまが手を振っている。小さい子が駆けてくるので、
「あぶないよ!また学校でね!」
と大きな声で叫んだ。
背中はすっかりたくましくなった。思い切りよく切った短い髪も良く似合っている。
このまま…ここにいる選択はお坊ちゃまにはないのだろうか?
アンドレはその光景を眺めながら、そう思った。




