7.呪いの魔女なので、魔術具を作ります②
「どうしてえ……魔力の登録は間違っていないはずなのに……」
庭に作業布を広げ、壊れた『護衛ちゃん一号』を分解しながら、サクラはめそめそと泣き言をこぼした。
迎撃用の結晶こそ砕かれているが、術式の大部分は無事だ。
何度調べ直しても、サクラとチェチェ、そしてジンの魔力は確かに登録されている。
それなのになぜ、ジンを侵入者と判定したのだろう。
「今回狙われたのがジンだったからよかったものの、これがチェチェだったら大ごとだわ……」
「俺でも問題ですよ」
「チェチェなら大丈夫だよぉ。あれくらい、避けられるもん!」
チェチェはそう言って小さな胸を張るが、その姿がさらに不安を誘った。
ミスがあるのなら、早急に直さなければ……。
頭を捻るサクラに、ジンが背後から尋ねた。
「ところで、ずっと気になっていたのですが。俺の魔力なんて、どうやって登録したのですか?」
「あなたが護衛として着任したとき、騎士団から魔力紋を提出されていたのよ。それをそのまま転用したの」
「……なるほど」
ジンは、何かを考えるようにわずかに目を伏せた。
「魔力なんて、そう簡単に変容するものではないし……でも念のため今のものと照合した方が……」
「……サクラさん。俺にも見せてもらえますか?」
ぶつぶつ考え込み始めたサクラを遮り、ジンがそう申し出る。
彼もまた一端の研究者だ。それに、攻撃型魔術具の扱いは騎士である彼の方がもしかしたら詳しいかもしれない。
そう思ったサクラは、素直に護衛ちゃん一号の胴体をジンの前へと差し出した。
「……ここが原因ではないですか?」
魔術具の内部を順番に調べていたジンは、しばらくそうしたあと、やがて一つの術式を指差しそう言った。
「通信回路? ……間違っているようには見えないけれど」
「回路そのものはそうですね。ただ、識別回路との間に逆流を防ぐ術式がありません」
「ぎゃくりゅー?」
サクラの黒髪に座り込んだチェチェが、きょとんと首を傾げる。
「この魔術具は、侵入者を発見したら王宮へ警報を送るシステムなのでしょう?」
「今は試作だから王宮とはつないでいないけれど……仕組みとしてはそうね」
「だからこそかもしれませんね。送り先のない警報用魔力が識別回路へ戻り、登録情報を一時的に乱したのではないでしょうか。複数の機能を接続する場合、それぞれの魔力が混線しないよう遮断式を挟むものですよ」
「それであなたを未登録者だと誤認したってこと?」
「おそらくは」
ジンの考察に、サクラは「なるほど……」と軽く頷いた。
理屈は通っている。
呪術には精通していても、サクラは魔術具作りの専門家ではない。自分にはなかった視点を示され、素直に感心した。
「二人ともすごいねぇ。チェチェは、ちんぷんかんぷんだよぉ」
「ジンはともかく、私は失敗した側よ。あまり褒められたものではないわね」
苦笑するサクラに、ジンは首を横に振った。
「いえ、発想自体は面白いですよ」
「え?」
「魔術具そのものは自律型なのに、建物の結界と連動しているというのはいいですね。今後応用が効きそうです」
珍しく皮肉の一つも込めずにそう言われ、サクラは目を瞬いた。
「そこからさらに遠方への連絡回路と迎撃機能まで備わっているのですから、むしろたった数日で形にできたことがすごいと思いますが」
「そ、そう……?」
「ええ。実用化させたら王宮の警備にも有用そうです。どうですか、サクラさん。俺も手伝いますから、このまま完成させてみません?」
ジンはそう言うと、魔術具に向けていた顔をサクラへと向けた。
いつだって平坦な黒鉄色の瞳が、わずかに輝いている。
書庫で未知の文献を見つけたときと同じ、『研究者』の顔だ。
「……いいの?」
「ええ。俺で役立てるかわかりませんが」
「迎撃機能なら、私よりあなたの方が詳しいでしょう。手伝ってくれるなら、その……嬉しいわ」
「護衛ちゃん、三人で直そうねぇ!」
チェチェも機械人形の薄桃色の髪を撫でながら、嬉しそうに声を弾ませる。
まさかジンの方からそう言い出してくれるとは思わず、サクラはなんだかくすぐったい気持ちになった。
(いつもこんなふうに素直にものを言ってくれたらいいのに……)
そんなことを考えながらジンを見つめていると、彼は壊れた迎撃用結晶を再び手に取って言った。
「それに、この程度の威力で護衛を名乗るとは笑わせる」
「……ん?」
「俺に任せてください。一撃で竜を仕留められる機能を搭載してみせます」
「いらない、いらない! どう考えても過剰防衛よ!」
「竜さん、来るかもしれないよぉ?」
「来ないわよ!」
やはり、この男にすべて任せるわけにはいかない。
サクラは、余計な機能を加えないよう厳重に見張ることを固く決意した。
*
それから二人と一匹は、ばらばらになった『護衛ちゃん一号』を抱え、塔の魔術工房へと場所を移した。
当初は、通信回路へ逆流防止の術式を加えるだけの予定だった。
しかし、二人で意見を交わしながら作業を進めるうち、新たな着想が次々と生まれていく。
「今は魔物全般に反応するようにしているけれど、本当は害のない魔物まで追い払いたくないのよね。ほら、この前あなたが取ってきてくれた幽蛾とか」
「また無茶を言いますね。魔術具に敵意の有無を判断させるつもりですか?」
「たとえば、探知術式を二重にしたら?」
「それでは誤作動が増えます。そうですね……こちらへ選別術式を挟みましょう」
「なるほど、その手があったわね」
——こうしてサクラの突飛な着想をジンが術式へ落とし込んだり。
「逆流防止については、俺がやっておきますね」
「お願いするわ」
「ついでに、個体識別回路も少し効率化しておきます」
「そんなことまでできるの?」
「近年、騎士団で研究が進んでいる分野です。従来の照合方法よりも、こちらの方が処理を早くできます」
「へえ。あとで詳しく教えて」
「構いませんよ」
——と、サクラが知らない最新の魔術研究について教えてくれたり。
サクラが次の素材へ手を伸ばす前に、ジンが必要なものを差し出してくれたり、
ジンが疑問を口にする前に、サクラが修正案を書き込んだり——
二人で行う研究は、思いのほか楽しいものだった。
互いの考えていることが、不思議なほどよく分かる。
片方だけでは形にならなかった着想が、二人で意見を交わすたび、みるみるうちに完成へ近づいていく。
ジンもジンで、今までのような悪態が今だけはなりをひそめていた。
いつものような口喧嘩に発展することもなく、作業は進んでいく。
「……サクラぁ、楽しそうだねぇ」
「当然でしょう。こんなに面白いもの、途中でやめられるものですか」
作業台の端に座って二人を眺めていたチェチェが、楽しげにくすくすと笑う。
それに言葉を返しながらも、サクラの視線は術式を刻む手元から外れることはなかった。
やがて窓の外が暗くなり、夜が更けていく。
それでも二人の作業は終わらなかった。
気づけば、サクラは何のためにこの魔術具を作り始めたのかもすっかり忘れ——
「……できたわ」
ついに、改良を改良を重ねた護衛型魔術具が完成した。
薄桃のカツラを被せたそれを前に、サクラは宣言する。
「その名も……『護衛ちゃん一号【改】』!」
その瞳の下にはうっすらと隈ができ、顔には疲労が滲んでいる。
それでもサクラの表情は、大変満足そうなものだった。
「やったー! 護衛ちゃん、できたねぇ!」
「また奇怪な名前を……」
「どこが奇怪よ!」
完成まで付き合った一人と一匹も、それぞれ反応を示す。
サクラはそれに反論しようと振り返り、
「これ以上ない、素敵な名前……じゃ、な…………」
——直後、とうとう力尽きたように作業台へ突っ伏した。
「……っ! ちょ、サクラさん!?」
「……ぐぅ。」
「ね、寝てる……」
ジンが驚き立ち上がる。
しかし、当のサクラは疲労の限界で眠りに落ちただけだった。
静かに寝息を立て始めたサクラを、ジンは呆れたように半目で見下ろした。
「あれぇ、サクラ、寝ちゃったのぉ?」
「こんなところで寝たら風邪を引きますよ。……はあ、もう」
返事はない。ジンは諦めたように息を吐くと、サクラへ外套を掛ける。
それから彼女の向かいへ座り、完成した術式をもう一度確かめ始めた。
「ジンも寝ないのぉ?」
「この人が起きるまでは、護衛ちゃん一号より俺が見張っていた方が安全でしょう」
「ふふっ、そうだねぇ」
「むにゃ……」
ジンの言葉に、チェチェがクスリと笑う。
声をひそめた二人の会話を、サクラは夢の中で聞いた気がした。




