5.呪いの魔女ですが、騎士様を追い出そうと思います
「——と、いうわけで。私、ジンをこの塔から追い出すことにしたわ!」
「ええっ!? なんでそうなっちゃうのぉ!?」
——翌日。
聖樹の庭で高らかに宣言したサクラに、チェチェは丸い瞳をさらに大きく見開いた。
「ジンはサクラのことが好きなんだよぉ? そんなことしたら、ジン、泣いちゃうよぉ!」
「いや、泣きはしないと思うけど……」
サクラはあの厚かましい男がめそめそ泣いている姿を想像しようとして、すぐに諦めた。
「ジンが私のことを好きならなおのこと、この塔には置いておけないでしょう」
「どうしてぇ? サクラもジンを好きになれば、ずっと一緒にいられるよぉ」
「ならないわよ!」
即座に否定し、サクラは拳を振り上げた。
「そもそもこの呪いがいつまで経っても解けないのは、ジンが近くにいるせいかもしれないでしょう」
「そうなのぉ?」
「ええ。簡易な呪術は、術者と対象者が離れれば効力が弱まるのが定石だもの」
「ふぅん?」
「それに、ジンはああ見えて腕利きの騎士よ。以前から騎士団へ戻ってほしいと何度も声をかけられているみたいだし、この塔を離れた方が出世できるわ」
つまり、これは何よりジンのためなのだ。
そう得意げに胸を張るサクラに、チェチェは呆れたように言い放った。
「……サクラ、自分に言い聞かせてるみたいだねぇ」
「うるさいわね!」
だが、文句など受け付けない。
ジンは出世し、呪いも薄れる。
恋心だって、会わなくなればすぐに忘れられるだろう。
誰も損をしない、完璧な計画である。
サクラは決意を固めるように両の拳を握り締めると、聖樹の花が咲き誇る空へと突き上げた。
「待っていなさい、ジン・サイガ! 必ず円満かつ幸せに、この塔から追い出してみせるんだから!」
「円満に追い出すって、どういうことなのぉ?」
こうしてサクラの『ジン追い出し作戦』は、華々しく幕を開けた。
*
「ジン。あなた、騎士団に戻る気はない?」
——『魔女の塔』、書庫。
そこで神学書を読み耽るジンの正面に居座って、サクラはにこやかにそう尋ねた。
その笑顔がかえって怪しいことに、本人だけが気づいていない。
ジンは目の前に広げていた本から顔を上げ、胡乱げにサクラを見つめた。
「なんですか、藪から棒に」
「あなたの将来を案じてあげてるのよ。で、騎士団に戻る気はない?」
「ありません」
「返事が早い!」
ジンは即答すると、何の未練も見せず再び神学書に目線を落とした。
「まだ何も説明してないでしょう!」
「尋ねられたことに答えただけですが」
「そうだけど! 少しくらい話を聞きなさいよ!」
「では聞きましょう。いったい、何を企んでいるんです?」
「……た、企んでなんか、いないわよ?」
「……」
言いながらも、その目は泳ぐ。
ジンは、その黒鉄色の瞳を訝しげに細めた。
これが、サクラが考えた最初の作戦。
『好条件の役職を用意し、ジンを王都へ送り返すこと』だった。
これならジンも出世でき、サクラも彼を傷つけることなく遠ざけられる。
まさしく『円満かつ幸せに追い出す』という計画にふさわしい、完璧な第一手である。
「別に、危険な戦場に戻れと言ってるんじゃないのよ。以前の地位と同等……いえ、それ以上の役職を、私から国王陛下に頼んであげる」
そう言うとサクラは、王立騎士団の教官長や、国王直属の軍事顧問などを候補として挙げた。
どちらも安全で待遇がいい名誉職だ。
サクラに任命権があるわけではないが、頼めば話くらいは通してもらえるだろう。
「どう? 塔の護衛なんかより、よっぽどあなたにふさわしい仕事でしょう?」
「結構です。ここほど研究に適した場所はありませんので」
「だから返事が早い!」
叫びながら、サクラは机を大きく叩いた。
「研究なら、王宮の方がよほど環境が整っているじゃない」
「王宮は堅苦しいではありませんか。ここのように、任務の合間を縫って書庫へ籠もることもできな……いえ、何でもありません」
「……ちょっと。今の言葉、『ここなら任務をサボって書庫に籠もれる』って聞こえるのだけれど」
「はは、まさか」
「私の目を見て言いなさい!」
本から顔すら上げずに鼻で笑われ、サクラはどかんと爆発した。
「だいたい、その本だって私の名前で取り寄せたものでしょう! 私を追い回して説教している暇があるなら、少しは仕事をしなさい!」
「それが俺の仕事でしょう」
「そんな仕事は頼んでないわよ!」
「俺の任命権をお持ちなのは国王陛下ですから」
「またそれを言う!」
……気づけば栄転の相談は跡形もなく消え、書庫にはいつもの口喧嘩が響き渡っていた。
かくしてサクラのジン追い出し作戦第一案は、開始からものの数分で失敗に終わった。
♢
「ここが居心地いいと言うのなら……研究する暇もないほど働かせればいいのよ!」
次にサクラが考えたのは、ジンへの仕事攻めだった。
「ジン、命令よ! 足りない素材を、街まで買い付けに行ってきなさい!」
その作戦を思い立つと同時、サクラは塔の結界を点検していたジンにそう言い放った。
ジンは手を止め、眉を顰める。
「……それは、護衛騎士の仕事ですか?」
「そうよ。今日から、そういうことにしたわ」
「……」
疑いの眼差しを向けられるが、サクラは堂々と胸を張った。
「あなただって研究に使うでしょう? それに私は街へ行けないもの」
「ああ……迷いますしね」
「迷わないわよ!」
息をするように毒づくジンに噛みつきつつ、サクラは長い買い物の一覧を彼へと押しつけた。
「つべこべ言わず、さっさと行ってきなさい!」
そしてそのまま、塔の敷地外へと追いやる。
一覧に記したのは、街中の店を何軒も回らなければ揃わない品ばかりだ。王都までの往復時間も考えれば、少なくとも数日は戻ってこないだろう。
「これなら素材も揃うし、ジンとの距離も取れる。一石二鳥ね!」
遠ざかっていくジンの背中を見送り、サクラは満足げに両手を打ち合わせる。
計画は完璧——
の、はずだった。
「ただいま帰りました」
「早い!」
夕方、日が沈むよりも先に、ジンは塔へ帰ってきた。
両腕には、頼んだ素材がぎっしりと詰まった大きな荷箱を抱えている。
「ど、どうして!? 王都まで行ったのよね!?」
「ええ」
「この一覧に書いた店を、全部回ったのよね!?」
「品切れのものは別の店で探しましたが、すべて揃っています。確認しますか?」
「ほ、本当だわ……」
ジンの言う通り、箱の中身は数も種類もサクラの指定通りだった。それも、粗悪品ひとつもない質の良いものばかり。
研究者の端くれだけあって、目利きもできるのかとサクラは密かに感心した。
「では、これから書庫へ籠もりますので。邪魔をしないでくださいね」
「えっ、休まなくていいの?」
「疲れていませんので」
「……」
そう言うジンは、遠路を往復したというのに息一つ乱していない。
仕事を詰め込んで疲れさせれば研究に割く時間も減るだろうというサクラの思惑は、この体力おばけの前では通用しないのであった。
(この男の身体は、いったいどうなっているのよ……)
書庫へ向かう背中を、サクラは頬を引きつらせて見送った。
♢
それからも、作戦は失敗続きだった。
強制的に休暇を与えても、塔の書庫や工房に引き篭もり、失敗。
王宮へ見合いの斡旋を頼めば、『ジンは昔から見合いの類を一切受け付けない』と一蹴された。
「……なんでよーー!」
——こうしてサクラの『ジン追い出し作戦』は、驚くほどことごとく、失敗に終わったのだった。
*
「どうしてここまで、うまくいかないのよーー!」
チェチェと二人きりの寝室で、サクラは寝台へ突っ伏し情けない叫び声を上げた。
その枕元をふわふわと飛びながら、チェチェは首を傾げる。
「そんなに嫌なら、こくおー様に頼んで、ジンを“かいこ”してもらえばいいんじゃなぁい?」
「なんて言って頼むのよ……『護衛騎士を呪ったら、自分のことを好きだとわかりました。気まずいので解雇してください』、って?」
枕に顔を埋めながら、サクラは答える。
口と態度を除けば、ジンは非の打ちどころのない護衛騎士だ。解任する理由がないうえ、こちらが彼を呪ったと知られれば、叱責されるのはサクラの方である。
「うーん。“じごうじとく”ってやつだねぇ」
「…………」
正論に言い返すこともできず、サクラは枕の中で黙り込んだ。
「でもこれ以上ジンをこの塔に置いておくわけには……ああもう、いったいどうしたらいいのよ……!」
サクラはうんうんと唸りながら頭をひねった。
寝台の上で右へ転がり、左へ転がり——やがて、がばりと掛布ごと跳ね起きた。
「……そうだわ。この塔に、護衛騎士がいらなくなればいいのよ!」
名案を思いついたとばかりに、薄桃の瞳を輝かせてそう宣う。
そんなサクラに、チェチェはきょとんと目を丸くした。
「護衛がいらなくなるって、どういうことぉ?」
「護衛用の魔術具を作るのよ! 要は、この塔への人や魔物の出入りが早急に王宮へ伝わればいいんでしょう」
「そんな魔術具、簡単に作れるのぉ?」
「私を誰だと思っているの? 国一番の呪い師、サクラ・トワよ!」
サクラは得意げに胸を張り、頭の中で術式を組み立てていく。
「塔の結界を基礎にして、侵入者の探知術式と迎撃術式を接続。それを王宮の通信具へ連動させれば……うん、いける。これなら絶対にいけるわ!」
「無茶言うなぁ……」
早くも成功を確信するサクラを前に、チェチェは呆れたようなため息をついた。




