↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪いの魔女ですが、大嫌いな騎士様を呪ったら私への恋心まで返ってきました  作者: ウミノリリオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/28

24.鬼化

「ぐ、ぁあア゛……ッ!」

「ジン!?」


 ジンが苦悶の滲んだ呻き声を上げると同時、胸元の太陽紋の縁にひびが入り、そこから墨を流したような線が伸びた。

 その線は次第に、一つの形を作る。

 空を割る雷(いかずち)のようなそれは、厄災を示す紋様だった。


「あ、ぁあ゛……ッ!」


 胸元の紋が、ジンの鼓動に合わせるようにドクンと一つ跳ね上がった。

 稲妻のようなそれはジンの胸から肩へ、そして腕へと伸びていく。

 黒の線がその身を渡るたび、黒鉄(くろがね)の瞳が大きく見開かれた。


「ジン!? ジン、しっかりして!」

「さ、クラ、さ……ごほっ」


 呼びかけが咳に変わる。ジンが口元を押さえると、その指の隙間から赤い血が吹き出した。荒い息に、黒い靄が混じる。

 ジンはそれを見て、初めて表情をこわばらせた。

 気づけば二人の足元に広がっていた太陽紋にも、黒い稲妻のような亀裂が走っていた。


 ——儀式が、失敗したのだ。


(嘘……)


 サクラは愕然として立ち尽くした。

 彼女の脳裏には、今まで自分に触れて死んでいった者たちの姿が思い出されていた。


 その場で雷に打たれ消し炭になった者。

 あらゆる病に冒され苦しみながら息を引き取った者。

 本人ではなく周りが次々非業の死を遂げ、ついには自ら命を絶った者。


 そして今ジンが受けた災厄は、サクラと少し触れ合うだけで漏れ出る不幸の比ではない。

 国を襲う疫病、飢饉、天災——彼女が今まで封じてきたその災厄のすべてを、一人で背負うだなんて……


(ジンは……ジンはどうなってしまうの……!?)

 

 サクラは怯えた瞳でジンを見上げた。

 ジンは苦しみに喘ぎながらも、胸の神紋を押さえつける。赤黒い鬼の力が胸元に集まり、黒い筋を一瞬だけ押し戻した。


 だが神紋を押さえる手の甲に、新たな筋が浮かぶ。

 指が震え、ジンの膝が崩れかけた。黒い筋は彼の指の隙間から溢れ、腕へ、首へと這い上がっていく。


 サクラの胸から負債が抜ける感覚も、いつしか止まっていた。

 まだすべてを明け渡したわけではない。だけどジンは、もう耐えられないのだ。


「だから……だから言ったのに……」


 サクラは、震える声を絞り出した。


「人ひとりに、国規模の厄災なんて受け止め切れるはずがない。神は私を手放すつもりなんてない。あれは、元から不可能な約定なのよ……!」


 だからずっと、一人で生きる覚悟をしていた。

 人里離れた自分だけの塔で、見張りの護衛騎士はともかく、使用人もほとんど寄せ付けなかった。


 万が一、誰かを不幸にしてしまうのが怖いから。

 万が一、情が移ってしまうのが怖いから。


 だからジンのことだって、必死で遠ざけようとしていたのに。

 遠ざければ彼を守れると思っていたのに。

 それが、こんな形で仇となるなんて。


「それ、でも……」


 サクラはずるずるとその場にへたり込んだ。

 青ざめる彼女に、痛みに耐えるような声が降る。


「それでも……よかった、んです……」

「え……?」

「それでも、これ以上……ッ、あなたを、神だけのものにしておけなかっ……ゲホッ、ゴホッ!」


 そこでジンは咳き込み、口元を押さえた。


「俺の想いに応えられなくても、構いません……ですが、あなたがこれ以上、神のものでいるのは——」

「ジン!」


 言葉が途切れると同時、ジンはついに膝から崩れ落ちた。


 『神だけのものにしておけなかった』。

 その言葉に、ほんの一瞬胸が熱くなった。

 サクラを救いたいだけではない。彼自身の独占欲が、そこにあったからだ。

 ——だけど。


「どうして……どうしてそこまで……!」


 だけど血を吐きながらそれを言われて、どうして喜べようか。

 ジンの身体を這っていた稲妻のような黒の筋は、もはや彼の全身に広がりその褐色の肌を侵していた。

 痛みの共有はもう解けているはずなのに、その姿を見るだけでサクラの胸が痛んだ。

 同時に、怒りが込み上げてくる。


「……何が、それでもよかった、よ。あんな果たせるはずのない約定のために、命を投げ出してもいいっていうの!?」


 言いながら、自分の視界が滲むのをサクラは感じた。

 目頭が熱い。

 怒りと悲しみで、頭の中がどうにかなりそうだった。


「こんなこと、誰も頼んでない。たとえ成功したとして、私が喜ぶと本当に思っていたの……!?」


 失敗すればジンは死に、サクラはまた一人残される。

 成功したとして、ジンはどうなる? 苦しみに耐えるジンを見ている今さえ、これほどつらいというのに。


「あなたを失うくらいならそんな自由、いらないのに……!」


 サクラが叫ぶ間にも、膝をついたジンの身体は変わり続けていた。

 指先から、黒い灰のようなものがこぼれる。

 灰になった部分は床に落ちる前に消え、残された指は骨ばった形へと痩せ細っていく。


「ジン、手が……!」


 ジンの身体が、死に近づいている。

 そう思ったサクラは、思わず駆け寄ろうと身を乗り出した。

 ——瞬間。


 ジンの胸元で、赤黒い力が大きく脈打った。

 魂に刻まれた鬼格が、流れ込む災厄を取り込んでいる。膨れ上がったその力が、今度はジン自身を内側から塗り替え始めた。


「……サ、クラさ……、」


 かろうじて名を呼んだ黒鉄(くろがね)色の瞳が、赤く濁る。

 唇の間から覗く牙が鋭く伸び、銀髪を押し分けて額に角が浮き上がった。


「ジ、ン……?」


 その変化に、サクラは喉を引き攣らせた。

 呼びかけても、返事はない。

 代わりに帰ってきたのは、言葉にならない低い呻きだった。


「う゛……ぐる、る……」

「ジン!? どうしたの、ジン!」


 獣が威嚇するような唸り声が鳴る。

 苦しげにうずくまっていた背がゆっくりと伸び、その赤い目がサクラを捉えた。


 黒に染まった肌。血のような紅い目。鋭い牙と角。それはまるで——


「鬼……!」


 ——そう、ジンはまるで、その見た目まで鬼と化してしまったようだった。

 人外の“格”を得ても、それを受け止める器がなければ、心まで格に呑まれてしまう。

 ジンは負債を引き受けるために鬼格を育てた。だが今、その鬼格の方がジンを呑もうとしているのだ。


「ジン、しっかりして! このままでは本当に鬼になってしまう!」


 床に座り込んだまま、サクラは叫んだ。

 だがジンの表情は動かない。

 血走った目でサクラを睨みつけ、警戒したように姿勢を低くする。


「——ッ!?」


 サクラが一度瞬いた、その瞬間。

 床を蹴る音と同時、鬼と化したジンがサクラへと飛びかかった。

 もう人としての理性も記憶もないのだ。

 そのことにサクラは絶望する。


 眼前で長い腕が振り上げられる。

 サクラは指先一つ動かせなかった。

 だが、


「ぐぁあ゛ッ!」


 彼の手が届くより早く、金色の光が二人の間に立ち上がった。


 神子を害するものを退ける、神の守りだった。

 光に弾かれたジンの身体が、工房の床へ叩きつけられる。さらに神力がその腕に絡みつき、赤黒く変じた肌を焼いた。


「グぅ、ぁ゛ア……!」

「……ッ! いやっ、やめて! ジン、ジン!」


 サクラが叫んでも、光は消えない。これは彼女の意志で操れるものではないからだ。


 ジンは呻き声を上げながら、床の上で身をよじった。灰になりかけた身体から、また黒い欠片が散る。

 目の前で、ジンの身体が消えていく。それだけで、サクラは心臓が凍るような思いがした。


 だというのにジンは、それでもなお体を起こし、サクラを包む眩い光を睨んだ。

 その害意に反応したように、金色の光がさらにその輝きを増す。

 そのことに、サクラの全身からさあっと血の気が引いた。


(ただでさえ負債を引き受けてボロボロなのに、今また神力に焼かれたら……!)


 今度こそ、ジンが死んでしまう。

 サクラの薄桃の瞳が涙に揺れた。


「お願い、もうやめて……! ジン——!」


 サクラの泣き声だけが、光に満ちた工房に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。