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呪いの魔女ですが、大嫌いな騎士様を呪ったら私への恋心まで返ってきました  作者: ウミノリリオ


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23.負債譲渡の儀

「『神子サクラ・トワに帰属する災厄、その一切を我が身へ。その生、その死、その後に至るまで、我を器と定めよ』」

「……!?」


 二人の足元に、黄金の太陽紋が大きく広がる。

 ジンの唱えたその言葉は、神がかつて定めた約定を呼び起こす誓約だった。サクラに蓄積した災厄のすべてを誰か一人が引き受ければ、彼女を神子から解放する——その約定を。

 【負債譲渡の儀】。

 ジンは今、自らをその器として差し出し、負債を一身に受けようとしているのだ。


「や、やめなさい!」


 サクラは掴まれた手首を、ジンの手から振りほどいた。

 だが彼から手が離れてもなお、足元の太陽紋は消えない。むしろ輝きを増していくようにすら見えた。


「無駄ですよ。あなたの神力が流れたことで、神の約定へ繋がる道が開いた。そして俺が誓約を唱え終えた今、契約は成立しています。もう手を離しても止まりません」

「……っ!」


 淡々と告げられたその言葉に、サクラの顔から血の気が引いた。

 【負債譲渡の儀】は、器となる人間に神紋を刻み、そこに神力を流すことで『サクラの同意は得られた』と判定される。たとえそこにサクラの意思がなくても。

 神との契約は、結ばれてしまった。

 もう、サクラには止められないのだ。


「『神よ、約定に従い、神子の負債を我が身へ移せ』」


 ジンの言葉に応じるように、足元の太陽紋が脈打った。

 次の瞬間、サクラは胸の奥に沈んでいたものを強引に引き上げられる感覚に襲われた。

 自分の中の【災厄の負債】が、魔力回路を伝い離れていく。


 その行き先がジンだと分かった瞬間、背筋が凍った。

 それは、ジンとの間に回路が繋がったと知った時、一番に恐れた事態だった。

 それをまさか、彼自身が望んでするなんて——


「どうして……っ! どうしてこんなことするの!?」


 気づけばサクラは、声を張り上げていた。


「こんな無茶……っ! わかっているでしょう、私の身に封じている厄災は、人の身で耐えられるようなものじゃない! あなた、死んでしまうわよ!?」


 サクラが負債を抱えていられるのは、神力で封じているからだ。国規模の厄災を、人ひとりが受け止められるはずがない。

 最初から成し得ない約定。それはこの世界の誰もが知る理(ことわり)。

 だというのに。


「……知っていますよ」


 取り乱すサクラに、だけどもジンは落ち着いた声で返した。


「普通の人間ならば、負債をすべて引き受けるなど不可能。その前にあっさり死んでしまうことでしょう」

「それならば、なぜ……!」

「ですが、今の俺はただの人間ではありません。魂に鬼格が刻まれている」


 その言葉に、サクラは薄桃色の瞳を大きく見開いた。


「……ずっと考えていたのです。人には達成不可能な約定というのなら、人ならざるものならあなたの負債をすべて請け負うことができるのだろうかと。たとえば死したのち神となった青年ならば。龍を喰らい龍となった武人ならば。——その魂に、『鬼』を宿した俺ならば、と」


 そう語る黒鉄(くろがね)色の瞳は、ひどく凪いで見えた。

 話している間にも、蓄積した負債がサクラからジンへ流れ続けている。

 だがそれにジンは、痛みも苦しみも感じている様子がない。

 サクラの頬に、一筋汗が伝った。


「ジ、ジン……? 何を……」

「自分に鬼格が芽生えたと知った時、一番に考えたのはそれでした。初恋のあの人を、俺なら解放できるかもしれないと。だから、この塔に来た。この塔に来て、あなたを知って、その気持ちはむしろ大きくなった」

「……!?」

「それでも絶対とは言い切れない。だから聖樹の実から神力を得続け、自分に芽生えた鬼格を抑えずにいた。サクラさん、あなたがかけた呪いのおかげで神紋が刻まれ、俺にも負債を受け入れえる器ができたのかもしれない。——これが最初で最後のチャンスなのです。俺があなたを、解放する」

 

 言い切るジンに、サクラは息を呑んだ。

 鬼格を、負債の受け皿にするつもりだったのか。

 なんてことだろう。ジンは、最初からこの時を待っていたのだ。


 この塔に来たのは、確かめたいことがあったからだと彼は言った。

 サクラがどんな人か知りたかったと。いっそ本当のサクラを知って、幻滅でもできればよかったと。


 彼は最初から、そのためにこの塔に来たのだ。サクラを、神の支配から解放するために。


 鬼格も、聖樹の実も、すべてこのためだった。

 そして最後に足りなかった神紋と回路を、サクラの呪いが与えてしまった。


(そんな……そんなの……!)


「そんなこと、私は望んでない……っ!」


 悲痛な叫びが、工房に響いた。

 神の定めた約定は、『誰かが負債のすべてを引き受ければサクラを解放する』というものだった。

 つまり、誰かを犠牲にしなければサクラは解放されない。


 そんなこと、サクラは最初から望んでなどいない。誰かを犠牲にしてまで、普通の人間になりたいなど思っていない。

 ましてそれがジンであるなら尚更だ。

 ジンを無駄死にさせるくらいなら、自分は解放など望まない。

 ずっとそう思っていたのに。


「……っく、」

「っジン!?」


 そこで初めて、ジンが小さく息を漏らした。

 見れば強大な神力が、黄金を帯びてジンの身体全体へ行き渡っていた。胸の太陽紋から、金色の線が肩へまで伸びる。

 そしてそれに比例するように、百年もの間サクラの胸の奥に沈んでいた重みが、少しずつ薄れていった。

 

(……もしかして、儀式が、成功する……?)


 足元の太陽紋が、彼の胸の紋と連動するように眩く光を放つ。

 その曇りない輝きに、サクラの胸にわずかな期待がよぎった。 


(ジンなら、この負債にも耐えられる……?)


 ジンは、本人の言うとおり、この儀式に挑むまで入念な準備をしてきた。

 鬼格という人外の器をその魂に持ち、聖樹の実から神力を得続けたジンなら——もしかして自分と同じように、その厄災に耐えられるのでは?


 胸の奥の重みは確かに薄れている。それでもジンは、苦しげに息を漏らしながら、まだサクラの前に立っていた。

 もし、このまま彼が生きて負債を引き受けられるのなら——


(ようやく、解放される? 誰も失わずに、神子というこの立場から)


 そうなったら、ジンに触れられる。ジンと同じ時を生きられる。


 そんな未来を思い描いてしまった自分に、サクラは息を呑んだ。

 彼の命を賭けた儀式なのに、ほんの一瞬、それを望んでしまった。


 だがその瞬間、


「……ッぐ、あっ……!」

「ジン!?」


 金色の神紋が、赤黒く変色し始めた。

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