18.素材採集の旅②
それから数日をかけ、二人は残る素材を集めていった。野営も、これで何度目になるだろう。
腕利きの騎士と神子の二人旅とあって、素材採集はおおむね順調に進んだ。それでも、入手に手間取るものはあった。
たとえば、魔物由来の素材だ。
魔物の方からサクラを避けてしまうため、彼女とは相性が悪かった。
鬼格を鎮めるために必要な『鎮魔苔』は、『鎧角獣』の二本角の間に生えるものだ。
サクラが近づくと案の定、鎧角獣はその巨体を翻して逃げ出した。だがジンが即座に回り込み、首元を一閃して仕留めた。
「……もう終わったの?」
「苔を採るだけでしょう」
「普通は討伐隊を編成するレベルの魔物なのだけれど……」
地面に倒れ伏す鎧角獣に同情の目を向けながら、サクラは言う。
これでも二人の旅の中では手間取ったほうではあるのだから、彼の強さは空恐ろしい。
それから、物理的に採取が難しいものもあった。
分離薬の主成分である『界分け草』は、雲を貫くほど高い断崖の中腹にある。
ほぼ垂直な崖は登るだけでも困難な上、魔力の流れをかき乱す強風によって飛行魔術も転移魔術も使えない。
「あれくらいの崖なら登って降りてこられると思いますよ?」
「何言ってるの、落ちたら私まで痛いのよ」
「……あれくらいの高さからなら、落ちてもそこまで痛くないと思いますよ?」
「だから、私は痛いのよ!」
己の身体能力だけで登ろうとするジンをどうにか止め、サクラは旅に持ってきた金属板と魔石で即席の吸着具を作る。
元より身体能力の高いジンはそのサポートもあって危なげなく岩壁を登り、ほどなく素材を摘んで戻ってきた。
サクラの神力が魔物を遠ざけ、必要ならジンが仕留める。どちらか一人の力では届かない素材には、二人で知恵を絞った。
そうして二人で力を合わせれば、どれほど入手困難な素材にも手が届いた。
それはサクラにとって、とても楽しいことだった。
「ねえ、ジン。次の山を登るなら、飛行魔術に安定化の術式を加えるのはどうかしら」
「この一帯は鉱脈の影響で魔力が乱れます。それより、浮遊術式の制御部分を二重にした方がいいでしょう」
「なるほど! それならこっちも効率化できそう」
旅を始めた当初はジンについていくばかりだったサクラも、今では自分から採集方法を提案するようになっていた。
そんな彼女を見て、ジンがふと漏らす。
「……サクラさん、なんだか楽しそうですね」
「ええ、すっごく楽しいわ! 塔を離れてこんなに遠くまで来たのも、いろいろな土地を巡ったのも初めてだもの!」
屈託なく笑うサクラを見て、ジンはわずかに目を細めた。何を思ったのか、「そうですか」とだけ静かに返す。
そうして数日後——残る素材は、あと一つとなった。
*
「ここが、『神眠りの泉』ね……」
サクラは、目の前に広がる広大な泉を眺めながらそう言った。
周囲の森は一歩先も見通せないほど濃い霧に覆われているというのに、その泉の周囲だけは切り取られたように霧が晴れている。
頭上に太陽の姿はないにもかかわらず、広大な水面は白銀の光を帯び、穏やかに揺らめいていた。
『神眠りの泉』——サクラたちの探す分離薬の素材の最後の一つ、『神眠りの花の朝露』が採れる場所だ。
「不思議ね。あんなに立ち込めていた霧が、この泉の周りだけ切り取られたみたいに晴れているなんて」
「あの霧自体が、魔力によって生じたものだからでしょう。この泉には、魔力や神力を鎮める性質がありますから」
そのため魔物も近寄らず、旅人の間では安全な休息地として知られているらしい。
魔力も弱まるから自分たちの間に繋がった魔力回路も今だけは弱まり、ここにいる間は【痛みの共有】も起こらないだろう、とジンは説明した。
そして、足元に咲く白銀の花に視線を落とす。
「そしてこれが、『神眠りの花』ですね」
「私たちが用があるのは朝露だから、今夜はここで野営ね」
神眠りの花は夜の間だけ開き、夜明けの一瞬に朝露を結ぶ。
採取した朝露は神力で包んでおかなければたちまち蒸発してしまうため、二人は夜明けまでこの泉のほとりで待機しなければならなかった。
「たった一晩くらい大したことないわね! 安全地帯なら、結界も必要ないでしょう」
「また調子に乗って……水辺は冷えますし、油断していると風邪をひきますよ」
「大袈裟ね。私は病にかからないって、知っているくせに」
旅鞄から毛布を取り出すジンに、サクラは少し頰を膨らませて答える。
「ですがそれは、神力のおかげでしょう? 先ほども言いましたが、ここには神力を鎮める作用がある。気をつけるに越したことはないでしょう」
しかしジンはそう言うと、サクラの身体へ触れないよう注意しながら取り出した毛布をその肩へそっとかけた。
柔らかな毛布のぬくもりに包まれ、サクラは妙に恥ずかしい気持ちになった。
(前から思っていたけど、ジンって心配性よね……)
ジンが気遣い屋であることは、以前から知っていた。体調や怪我を細かく気にかけ、必要なものは言われる前に用意してくれる。
だがこの旅に出てから、その頻度が増した気がする。以前より優しくなった、というより……。
(前よりも、素直になった……?)
たとえば昔ならサクラに毛布を被せるのも、
「なんとかは風邪を引かないとは言いますが、念のためです」
……など、腹の立つ憎まれ口を添えていただろう。
それがこの旅では、
「冷えるでしょう。こちらへ座ってください」
「あなたのために用意したんです。遠慮せず使ってください」
と、こちらが恥ずかしくなるほどにその好意を隠さない。
今もサクラの正面で、彼女の好きな紅茶を淹れている。疲れているのはジンも同じだろうに。
「……どうぞ。熱いので、気をつけてくださいね」
そんなことを考えている間に、ほかほかと湯気を立てる紅茶がサクラの目の前に置かれた。
一口含むと、紅茶は好みどおり、砂糖がたっぷり入った甘い味がした。その甘さまでジンの好意のように思えて、胸の奥がむず痒くなる。
「なんというか……ジン、あなた、この旅に出てからやけに素直じゃない……?」
胸の奥をくすぐるようなその感覚に耐えられず、サクラは思わずそう口にした。
正面に座るジンが、訝しげに片眉を上げる。
「そうですか?」
「素直っていうか……前より、気遣いを隠さなくなったというか。その……調子が狂うのよ」
言いながらだんだん恥ずかしくなってくる。
サクラは、紅茶の入った旅用のカップで口元を隠した。
そんな彼女の様子に、ジンは薄く笑みを浮かべる。
「それは何よりです。ぜひ、そのまま調子を狂わせていてください」
「はっ……!? な、なんでよ!」
「前にも言ったではないですか。あなたが俺のことで動揺するのは、とても気分がいい」
「……っ!」
あまりに率直な言葉に、サクラは口をぱくぱくとさせた。
「だから、そういうところよ! そういうことを恥ずかしげもなく……!」
「失礼ですね。十分恥ずかしいと思っていますよ」
「どこがよ!」
「恥ずかしがる姿を見せる方が恥ずかしいではないですか」
「それじゃあ私が恥ずかしいやつみたいじゃない!」
「ほう、恥ずかしがっているのですか?」
「だ、だから……!」
にこにこと、かえって怖いほどの笑みを浮かべて言われ、サクラは結局押し黙った。
ジンに口で敵うわけがない。そもそも、サクラが口喧嘩で互角に渡り合える相手などチェチェくらいしかいないのだが。
「……今更、隠す意味がなくなりましたからね」
ぶすくれるサクラに、ジンが静かに言葉を落とした。
「想いを知られた以上、取り繕っても仕方ないでしょう。前にも言いましたが、開き直っているのですよ。ヤケクソと言い換えても構いません」
「あなたはヤケクソで人に優しくするの……?」
「優しいのは昔からでしたよ。あなたに伝わっていなかっただけで」
「……」
サクラは思わず空を仰いだ。
ジンの想いに気づかず過ごした期間が思い起こされる。
「それに、下心もあります。このままあなたが絆されて、解呪のあとも俺を塔へ残してくれないものか、と」
「……本当にヤケクソね。そこまであけすけに話したら、台無しなんじゃない?」
サクラは少しぬるくなった紅茶を一口飲んでから、そう返した。
いつも冷静に見えるジンも、どうやら内心では色々と思うところがあったらしい。
(意外……でもないか。こう見えて、私の何気ない言葉一つで耳を真っ赤に染めるような男だしね)
しかしヤケクソというのなら、今なら以前はぐらかされた問いにも答えてくれるだろうか。
そう思い、夜闇の中でも白銀に輝く水面へ視線を落としたままサクラは問いかけた。
「……ねえ、ジン。あなたはいつから、私のことが好きなの?」
黒鉄色の瞳がわずかに見開いた。
「……あなたこそ、ずいぶんあけすけですね」
「あなたがヤケクソだって言うなら、私だってヤケクソよ。……前に言っていたわよね、この塔へ来たのは確かめたいことがあったからだって」
「言いましたね」
「ずっと気になっていたの。それって、私に関係すること? あなたは私の塔に来る前から、私のことを知っていたの?」
「……」
サクラの言葉に、ジンは口を閉ざし視線を逸らした。
まるで誤魔化すようなその仕草に、サクラは追い打ちをかける。
「あなたはどこで私を知って、いつから好きになったの?」




