↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪いの魔女ですが、大嫌いな騎士様を呪ったら私への恋心まで返ってきました  作者: ウミノリリオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/28

16.鬼

「……ジンの中に、人間じゃないものが混じってるよぉ」

「……え?」


 チェチェの言葉に、サクラは目を瞬いた。

 だがすぐにその薄桃色の瞳を鋭くし、傍らにあった魔紙を取り出す。

 そして素早く魂見の術式を描き出した。


「チェチェ、この水盤に水を張って頂戴!」

「わ、わかったぁ」


 サクラはチェチェが水を張った水盤に術式の描かれた術式を沈めると、そのまま魔力を流し込む。水面が淡く光ったのを確認すると、ジンに向き直った。


「ジン、ここに姿を映して」

「……拒否権は?」

「ない! これは主命よ!」


 サクラが言うと、ジンは「俺の任命権は陛下にあるのですが」とこぼしながら、渋々その水鏡を覗き込んだ。

 するとジンの姿を映していた水面が黒く曇り、その奥に別の何かが浮かぶ。

 彼の身体へ重なるように立つ、角を持った巨大な影だった。


 ——魂見の水鏡。

 その名の通り、映した者の魂の性質を暴き出すそれは、普通の人間なら白い人影が映るだけだ。


 だというのに白いはずのジンの魂は、異形に覆われるように黒く染まっていた。

 岩のような巨躯と、額から伸びた太い角。あれは—— 


「ジン……あなたの魂に、『鬼格』が刻まれているわ」

「……」


 サクラが低い声で告げると、ジンは水面から視線を逸らした。

 何も答えない。まるで最初から、その事実を知っていたかのように。



*



 この世界では、人間が人外へと変生することがある。


 たとえば、多くの者から神と崇められ、死後神として再臨した青年。

 たとえば、七種の龍の心臓を喰らい、我が身を龍へと変えた武人。

 彼らは皆その魂に、人とは違う『格』が刻まれていた。


 人外の血肉を取り込んだり、大勢から畏怖や信仰を集めたりすることで、その性質や呼び名が本物の『格』へ変わることがある。

 そしてその『格』が魂へと定着した時、その格を御し、自我を保った者だけが、人ならざる存在への変生を遂げられるのだ。


「——俺は騎士として戦う中で、いつしか『鬼』に喩えられるようになりました。『鬼将軍』『戦鬼』……果ては『鬼神』と呼ぶ者までいましたね」


 サクラと作業台を挟んだ正面に腰を下ろし、ジンは淡々とそう語った。

 その内容を、チェチェはどこか首を傾げながら、サクラは神妙な表情で聞いている。


「あなた方もご存じでしょうが、人の畏れには力がある。敵味方から向けられたその感情が、だんだん俺の魂に蓄積していっていたのです」

「……そしてその名が本物の『鬼格』となって、あなたの魂に定着したということ?」

「そうなります。ここに来る前、騎士団付きの魔術師に診てもらったことがありました。以前より明らかに怪我からの回復が早くなったり、身体がさらに頑健になったことを不思議に思いまして」


 ジンは、その時の検査で自分の魂に鬼格が芽生え始めていることがわかったと語った。


「その時点ではまだ、鬼格の萌芽が見られる程度でしたが」

「どうしてそこで魔封じを施してもらわなかったのよ……!」


 先ほど魂見の水鏡で見た限りでは、ジンの中の『鬼』はもはや彼自身を覆うほど強大なものとなっていた。彼の魂そのものを、呑み込んでしまいそうなほどに。


「メリットがなかったからですよ。俺の中に芽生えた『鬼』のおかげで、身体能力が格段に上がりました。そのせいでさらに俺を『鬼』と恐れる者が増え、鬼格の定着が早まった可能性は否めませんが」

「だからって……!」

「だから自分なりに、できることはしていたつもりです。たとえば聖樹の実を食べて神力を取り込み、鬼格と均衡させられないか試したり」

「あれはそういうことだったの……」


 サクラは呆れたように額を押さえつつ、ジンの不可解だった行動に内心納得した。

 害がある可能性があっても聖樹の実を食べ続けたのも、そのせいで起こる頭痛すらあまり苦痛に感じていなかったのも。サクラの魔術具がジンを人間と判定しなかったのも、すべてこれが原因だったのだ。


 つまり、戦場で向けられた畏怖が鬼格を生み、ジンはそれを封じるどころか受け入れた。

 さらに聖樹の実から神力を取り込み、鬼格を制御しながら、自らの身体を人外へ近づけていたのだ。 

 

「——無茶だわ。たとえ神力を得られたとして、鬼格を抑え込めるかはわからない。むしろあなたの中の『鬼』が力を得て、暴走する可能性の方が高いのよ!?」

「……」


 サクラは声を荒げた。

 魂に『格』が刻まれるというのは、要するに人ならざる性質が自らに入り込むということだ。

 自我を保ったまま変生を遂げた者は、歴史上でもごくわずか。ほとんどは格に魂を呑まれ、人の心を失った魔物へ成り果てる。


「どういうことぉ? ジン、本当に鬼になっちゃうのぉ?」

「単純に鬼へ変わるだけなら、まだいい方よ。大抵は格に魂を呑まれ、ただの魔物になるの」


 サクラに言わせれば、自殺行為どころか破滅願望だ。


「……知っていますよ。龍の心臓を喰らい龍になった武人カイルも、龍の姿こそ得ましたが、実のところ目指していたのは龍神だったそうです。龍格に呑まれて理性を失った、変生に失敗した側です」

「なら……!」

「……なりたかったのですよ、鬼に」


 語気を強めるサクラに、ジンは静かな声で言った。


「な……にを言ってるの? 人外になるって、強くなるだけなんて簡単な話じゃないのよ?」

「わかっています。それでも、なりたかったのですよ。……ずっと前から想いを寄せている人が、理(ことわり)の外にいる人だったので」


 その言葉に、サクラは瞠目した。


「それなら俺もそこへ行かなければ、同じ場所には立てないと思ったのです」

「そ、それって——」

「まあ、実際に話してみたらそんな崇高な人ではないとわかったのですが」

「どういう意味よー!?」


 怒りに任せて勢いよく立ち上がる。が、実のところサクラはジンの言葉に心から動揺していた。

 想いを寄せていた? ずっと?

 その言葉の指し示す先は、きっと自分のことだ。理(ことわり)の外にいる人物など、そう何人もいてたまるものか。

 それならば——


(ジンはこの塔へ来るよりも前から、私のこと……?)


 ふと胸をよぎった考えに、かあっと頰に熱が集まる。

 それを振り払うように頭を横に振ると、サクラはしどろもどろとした様子で言った。


「そ、そんなこと、この前は言わなかったじゃない」

「言えないでしょう。止められるでしょうし」

「当たり前よ! もう聖樹の実を食べるのは禁止だからね! あと、この解呪が終わったらその鬼格を安全に封じる方法も探すから!」

「はい。……チッ」

「舌打ちしない!」


 ——だが、そこから先は早かった。

 ジンが人外の『格』を得ているというのなら、サクラの呪いが変質した理由もそこにある可能性が高いからだ。

 サクラはそのままジンの魔力や魂の性質を調べ尽くし、呪いが変質した理由へと辿り着いた。


「ジンの身体では今、ジンの鬼格、聖樹の実から取り込んだ神力、それに私の呪術。この三つが絡み合っているようね」


 サクラは、より精密に組み直した魂見の水鏡にジンを映しながらそう言った。

 銀に揺れるその水面には、ジンの鬼格を示す赤黒い力と、聖樹の実による金色の神力、そしてサクラの呪術を示す黒い糸が複雑に溶け合って映し出されている。


「それが原因で、サクラの呪いが失敗しちゃったってことぉ?」

「おおまかに言うと、そうね。鬼格によって人外に近づいたジンの身体が、私の呪いを弾いた。けれど呪術に混じっていた私の神力が、ジンの中の神力と共鳴したのでしょう。その結果、弾かれた呪いが私へ戻り、二人を結ぶ回路に変質したんだわ」

「なるほど……この塔の聖樹の神力は、元を辿ればサクラさんのものですしね」


 ジンの身体に神紋が現れたのもこの影響だろう。

 同質の神力が共鳴した結果、サクラの神紋に近いものがジンへ刻まれたのだ。


「そうなると問題は、解呪の方法ですが……」

「ここまで別種の力が絡まり合っていると、呪いだけをうまく取り除くのは難しいわね……」

「そんなに難しいことなのぉ?」

「そうね。あなたが今食べているお菓子から、お砂糖だけ取り除こうとするようなものよ」


 サクラは、話に飽きて焼き菓子を頬張り始めたチェチェに対してそう説明した。


「俺の身体を菓子に喩えないでください。……ですが、『呪いだけを取り除く』という観点なら、手は考えられます」

「え、どうやって?」

「混ざり合ったあとで取り出せないのなら、先にそれぞれを分ければいい。出来上がった菓子ではないのですから、こちらは対処可能です」

「なるほど……! 先に力を分離し、その後に呪いの回路だけ切断すればいいのね」


 ジンの言葉に、サクラは納得したようにポンと手を叩いた。

 絡み合った力を一時的に解きほぐす方法はいくつかある。一番簡単なのは力の分離薬だろうか。それを使えば、サクラの呪術だけを見分けて切断できる。


「……ん? 分離薬?」


 が、すぐに眉を顰めた。


「って、人外の格や神力まで解きほぐせる分離薬なんて、希少素材ばかり必要になるじゃない! 王都中を探したって、揃うか怪しいわよ!」

「ですが、それ以外に方法があります? そもそも呪いをかけたのは、サクラさん、あなたでしょう」

「それが変質したのは、あなたが黙って人外になりかけていたせいでもあるでしょう!」

「では、共同責任ということで。仲良く素材集めでも致しましょう」

「都合よくまとめないで!」


 淡々とまとめられ、サクラは納得いかず声を上げる。

 こうしてサクラたちは、解呪のための素材採集へ出ることとなったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。