13.神子
神子と呼ばれる存在がある。
生まれながらにしてその身のどこかに金色の太陽紋を宿す者。それは神から選ばれ、寵愛を与えられた証だった。
人間の器では本来耐えられないほどの神力を持ち、その影響で不老長寿。その周囲は常春の恩恵に恵まれ、住まう国からはあらゆる災厄が取り払われると信じられている。
サクラ・トワは、神子であった。
百年を超える昔、彼女はその胸元に金色の太陽紋を宿し、この世に生を受けた。
人の身では持ち得ないはずの莫大な神力により、彼女の生まれた貧しい村には聖樹が生い茂り、年中薄桃色の花を咲かせた。干上がっていた井戸には澄んだ水が戻り、枯れたはずの作物は実を結ぶ。病に伏していた者たちまで起き上がった。
それは、神に寵愛されし神子がもたらした奇跡であった。
そしてその奇跡を求め、サクラは神子として、あらゆる国や権力者から求められるようになった。
神官が、領主が、王家の使者が現れ、ついには異国の軍勢まで、サクラを求めて押し寄せた。
神子を得れば、その国は永遠に栄える。
神子のいる国には、疫病も飢饉も天災も訪れない。
誰もがそう信じ、サクラを欲しがった。
ある国では、神殿の最奥へ祀られた。
ある国では、王の所有物として豪奢な宮殿へ閉じ込められた。
そして戦が起これば、領地や財宝と同じように、勝者へ差し出す褒賞とされた。
勝った国では、繁栄をもたらす神子として担ぎ上げられる。
その国が戦に敗れれば、今度は祖国を滅ぼした者たちのために祈るよう命じられた。
昨日まで敵と呼ばれていた者から、今日からはこの国を守れと迫られる。
断ることなど許されなかった。
そうしてサクラは、いくつもの国に奪われ、与えられ、また奪われた。
彼女を巡って国々が争い、そのたびに大勢の人間が命を落とした。
サクラの身体が大人になり、その身の時を止めても、争いが止むことはなかった。
神から愛されたはずの少女は、人々から一人の人間として扱われることもないまま、百年に及ぶ争いの種となった。
これに怒ったのは、神であった。
『我が寵愛を受けし子を己が欲のままに奪い、弄ぶ愚者どもよ。その大罪、汝らの命のみで贖えると思うな』
神はそう言うと、当時サクラを所有していた国へ神罰を下した。
天を裂き、大地を揺らし、ありとあらゆる厄災を国中に振り撒いた。
サクラの力を利用し繁栄を享受していたその国は、跡形もなく滅び去った。
それでも争いは収まらない。
むしろ『自由になった神子を我が手に』と、サクラを巡る争いはさらに激化した。
神はさらに憤った。
『なおも我が子へ手を伸ばすか。ならば、今ここに新たな理を定めよう』
神は言うと、サクラの身に新たな理を刻んだ。
『今より我が子に触れる者は、我が子がその身に封じし災いを受けよ。欲にまみれた手を伸ばした報い、その身をもって知るがよい』
——その日から、サクラに触れた者には不幸が降りかかるようになった。
ある者は、触れた直後に命を落とした。
ある者は、家族も地位も財産も失い、悲惨な生涯を送った。
王族がサクラへ触れたときには、王家と運命を同じくする国全体へ災いが広がった。
神子とは、自らの周りに起こるはずだった不幸や厄災をその身に受け入れる存在。
疫病、飢饉、天災——彼らの周りにそれらが起こらないのは、神の恩寵により災いを消し去っているのではない。莫大な神力によってその身の内側へ封じ込めているのだ。
それが、神子の背負う【災厄の負債】だった。
神はサクラへ触れた者に対し、接触を通じてその負債の一部が流れ込むよう定めた。
サクラを利用しようとする者から、彼女を守るために。
しかし神の理は、人間の善悪を区別しなかった。
どのような理由であろうと、サクラへ触れた者には等しく不幸が降りかかる。
さらに神は言った。
『されど、我が子が背負いし災い、その一切をただ一人で引き受ける者が現れたならば、この理を解こう。我が子へ授けた神力も我が御許へ還し、一人の人間として生きることを許す』
神が世界へ示した約定——だがそれは、人々に希望ではなくさらなる恐怖を与えた。
わずかに触れただけでも死に至る不幸など、どうやって一人ですべて引き受けられると言うのだ。
サクラを国へ迎えること、それはすなわち破滅と隣り合わせであることを、人々はようやく理解した。
そうして長く続いた争いは終わった。
『国に繁栄をもたらす神子』——そう呼ばれ崇められていた少女は、いつしか別の名で恐れられるようになった。
『国に繁栄と破滅をもたらす、呪いの魔女』と。
——これが、この世界に生きる誰もが知る、世界の歴史の話である。
***
「——行き場を失った私は、この国の王家に保護されたの。そして国専属の呪い師として働く代わりに、暮らしと安全を保障してもらうことになった。そのために与えられたのが、この塔よ」
——『魔女の塔』、居間。
サクラはジンとテーブルを挟んで向かい合いながら、自らの半生を語っていた。
王家は人里から遠く離れたこの土地に塔を建て、周囲へ強固な結界を張り、護衛騎士を置いた。
悪意を持って近づく者から、神子を守るため。
そして同時に、サクラがもたらす破滅から、人々を守るために。
「この神の約定を、どうにか達成しようと私に近づく者もいたわ。だけどみんな、私の中の負債に耐え切れず死んでいった。——当然よ。この身にあるのは、何代にもわたって蓄積された国家規模の厄災だもの。人間ひとりで背負い切ることなんて、到底不可能なの」
——そう、神が世界に示したのは、初めから達成し得ない約定だった。
我が子を人間たちから永遠に遠ざけるために、形だけ与えられた解放の条件。
神からの寵愛であるはずのそれは、サクラにとってはもはや【呪い】だった。
終わりの見えない年月を、誰とも触れ合えないまま一人で生き続ける。
「……わかるでしょう? 私が誰かに触れられる日は、永遠に来ない」
淡々とした声が、居間に落ちた。
「だから私は、あなたの想いには応えられない」
サクラは顔を上げ、ジンを真っ直ぐに見つめた。
膝の上で組んだ指へ、そっと力を込める。
「……いいえ。誰のものにも、なれないのよ」
本日より、夜(19時半ごろ)のみ投稿とさせていただきます。
これから時々シリアスが顔を出しますが、基本的にはコメディですのでお気軽に読んでいただけると幸いです。
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それでは、今後とも本作をよろしくお願いします!




