↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪いの魔女ですが、大嫌いな騎士様を呪ったら私への恋心まで返ってきました  作者: ウミノリリオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/28

11.呪いの件ですが、騎士様にバレました

「いったい俺に、何をしたんです?」


 普段はまったく動かないジンの表情に、凍りつくような笑顔が浮かぶ。

 怒っている。それも、ものすごく。

 サクラはぞおっと背筋を震わせた。それでも、ここで素直に白状するわけにはいかない。

 

「な、何のことかしら」

「しらばっくれるおつもりですか?」

「首や足が突然痛むことくらいあるでしょう? あなたも人間なんだから」

「ほう。ではまったくの偶然であると」

「そうよ。偶然、たまたま!」


 サクラは助けを求め、宙に浮かぶチェチェへ顔を向けた。


「ねえ、チェチェ!?」

「そ、そうだよぉ! サクラはジンに、痛みを返す呪いなんてかけてないよぉ!」

「チェチェ!」

「むぐっ!」


 だがその援軍は、まったく頼りにならないものだった。

 サクラは慌ててチェチェを捕まえ、その小さな口を指で塞いだ。


 だがもう遅い。

 決定的な言葉は、一つ残らずジンの耳へ届いていた。


「……呪い?」

「ひぃっ!?」


 地を這うような声に、サクラとチェチェの肩が揃って跳ねる。

 怒るのも当然だった。

 自分が密かに呪われていたと知って、笑って許す人間などいるものか。


「呪い、とは。いったい、どういうことですか?」

「ち、違うのよ!? 呪いといっても、ほんの軽いもので……!」

「サ、ク、ラ、さん?」

「……申し訳ありませんでした」


 笑顔のまま、ジンが一歩近づく。

 背後に鬼の幻が見えた気がして、サクラは椅子の上で身を縮め——深々と頭を下げた。

 

 その頭上で、ようやくサクラの指から逃れたチェチェがしみじみと呟く。


「やっぱり、悪いことはするものじゃないねぇ」



*



「……なるほど。大体は理解しました」


 『魔女の塔』、居間。

 場所をサクラの自室からそこへと移し、サクラとジンはローテーブルを挟んで向かい合っていた。


 テーブルの上には、「話が長くなりそうなので」とジンが用意したお茶と焼き菓子が並んでいる。

 だがこの状況で悠長に菓子を味わえるほど、サクラの神経は図太くない。隣ではチェチェが喜んで焼き菓子を齧っているが。


「つまり、あなたは俺に痛い目を見せるため、【痛み返しの呪い】をかけた」


 ジンは一度姿勢を正すと、指を一本立ててそう話し始めた。


「……そうよ」

「ところが何らかの理由で呪いが失敗し、俺の痛みがあなたへ伝わるようになった」

「ええ」

「しかも本来の解呪方法は効かず、別の方法を探しながら、俺には何も知らせず放置していた」

「……その通りよ」


 そして、自分の所業を指折り数えられる。

 一つ一つ頷きながら、サクラの身体はどんどん小さくなっていった。

 すべて事実なので言い返しようがない。


「端的に申し上げますね。あなた、馬鹿ですか?」

「う、うるさいわね! そんなの私が一番わかっているのよ!」

「“じごーじとく”ってやつだねぇ」


 物事だけ羅列すると、自分でも自分が馬鹿らしく感じる。

 小さな頬に菓子を頬張るチェチェに、横から追い打ちをかけられた。 


(……迂闊だったわ。まさか、私の痛みまでジンに伝わっていたなんて)


 項垂れながら、サクラは思う。

 本来の【痛み返しの呪い】は、術者が受けた痛みを対象者へ一方的に返す術だ。

 それが失敗し、ジンの痛みがサクラへ流れ込むようになった。そのためサクラは、術の向きが単に反転したものだと思っていた。


 だが実際には違った。

 どうやらジンとサクラの間には、互いが受けた痛みを双方へ伝える【痛みの共有】が起きている。

 なぜそのように変質したのかはまるでわからない。

 本来よりもさらに複雑な術になってしまったらしい。サクラは今すぐ頭を抱えたくなった。


「……しかし、これでよくわかりました」


 しばし考え込んでいたジンが、不意にそう口にする。


「わかったって、何が?」

「言ったでしょう。最近、体に違和感があったと」

「それが何か——」


 サクラが顔を上げると、ジンは正面で上衣の留め具を外し始めていた。

 襟元を大きく開き、褐色の胸板を露わにする。

 突然の行動に、サクラは両手で目を覆った。


「な、何してるのあなた……!?」

「——見てください」

「え……?」


 言われるまま、指と指の隙間からジンの方を伺い見る。

 ジンの胸元には、金色の光が浮かんでいた。

 円を中心に幾筋もの光が放射状に伸びる、太陽をかたどった紋章。それが、ジンの胸元にはっきりと刻まれていた。


「それって——」

「わぁっ! これ、神さまの“しるし”だねぇっ!」


 瞠目するサクラに代わって、チェチェが声を上げる。

 そう、その太陽紋は、神を表す紋章だった。


「でも、どうしてジンの身体にそれがあるのぉ?」

「数日前、突然現れたのです」


 ジンは胸元の神紋へ目を落とした。


「数日前って……私が呪いをかけた直後じゃない!」

「そうなりますね。この紋が現れた頃から、サクラさん、あなたの様子もおかしくなっていきました。ですから、あなたが何かしたことには気づいていたんですよ。まさか呪いをかけられていたとは思いませんでしたが」


 驚くサクラに、ジンはこともなげに説明する。

 ジンの言う通りなら、この神紋は呪いの影響で刻まれた可能性が高い。


 サクラの脳裏に、呪いを発動した瞬間の光景が蘇った。

 黒い光に交じった金色の火花。そして、自分とジンを結ぶように伸びていた黒い糸。

 もしもあれが、自分たちに『痛み』を共有させる原因なのだとしたら。

 彼の胸にこの紋を刻んだ原因なのだとしたら——


「ど、どうして今まで黙っていたの!?」


 サクラは狼狽して叫んだ。


「そう言われましても。最初は、聖樹の実を食べすぎた影響かと思っていましたので。あるいは、この塔そのものが神域のようなものですから、その影響かと……。身体に現れた異常も、たまに軽い違和感を覚える程度でしたし」

「違和感で済む問題じゃないじゃない……!」


 神紋は本来、神に選ばれた者にしか刻まれない。

 人間の呪術によって後天的に神紋が現れたなどという話は、サクラも聞いたことがなかった。

 

「そんなに大変なことなのぉ? ジンも神さまの子供になったみたいで、かっこいいよぉ。サクラとお揃いだね!」

「……っ」

 

 チェチェの無邪気な一言に胸が冷える。

 サクラの胸元にも、同様の神紋が刻まれていた。

 おそらく自分の神力が呪いへ混ざり、ジンへ流れ込んだ結果なのだろう。だからこそ不安なのだ。


(共有されたのは、本当に痛みだけなの? もしも、魂や神力の領域まで繋がってしまっていたら……)


 自分の胸をよぎった考えに、サクラはゾッと背を震わせた。

 ほんの軽い悪戯のつもりでかけた呪い。それがもはや悪戯で済む事態ではなくなっていたことに、サクラはその神紋を見て気づいたのだ。


「……ごめんなさい、私のせいだわ。まさか、こんなことになっていただなんて……」


 サクラは絞り出すように謝罪すると、額がテーブルにつきそうなほど深く項垂れた。

 あまりに深刻な落ち込み方に、ジンとチェチェは揃って目を見開いた。


「ど、どうしたのサクラぁ。大丈夫だよぉ。ジン、元気そうだよぉ?」

「チェチェさんの言う通りです。勝手に呪いをかけたことは、さすがに反省していただきたいところですが……現状、深刻な問題は起きていないでしょう」

「そうはいかないわ。ここまで呪いが変質してしまった以上、何としてでも解呪方法を見つけなくちゃ」


 サクラは顔を上げた。その表情には、いつもの大袈裟な落ち込みとは違う、切実な後悔が浮かんでいた。

 ジンは理解できないように眉を寄せる。


「そこまでのことですか? この塔は平和ですし、互いに強い痛みを受ける機会も滅多にありません。現に俺は、あなたがドジさえ踏まなければ、この痛みの共有にも気づかなかったでしょう」

「ドジとは何よ、ドジとは」

「この紋にしても、良くも悪くも何の影響もありません。いっそのこと、神力の一つでも宿ってくれればよかったと思うほどに」

「ちょっと、変なこと試さないでよ? あなたに何かあったらその痛みは私にまで伝わるんだからね?」

「……とにかく。呪いを解く必要性自体、あるとは思えないのですが」

「無視をするな!」


 先ほどまでの悲痛な空気がわずかに緩む。

 こっちは真面目に反省しているというのに……

 どこ吹く風のジンへ怒鳴りつけてから、サクラは疲れたように息を吐いた。


「何が起こるかわからないこと自体が問題なのよ。神の意志とは関係なく、神紋が刻まれるなんて本来ありえない。ましてそれが呪いの結果だというのなら、今後ジンの身体に何が起きるか、私にも予測できないわ」

「そんなものですか」

「うぅん……チェチェには、難しいよぉ……」

「要するに、今まで以上にこの呪いを調べなくちゃいけなくなったということよ」

「それならわかったぁ!」


 頭から煙を噴き出し始めたチェチェのために話をまとめる。

 ずいぶん乱暴な総括だが、間違ってはない。


「もしかすると、私とジンの間に魔力回路ができてしまったのかも……。それなら、一方通行だった呪いが共有型へ変わったことにも説明がつく。でも、人間同士の回路だけで神紋まで生じるとは……」


 サクラは指先でテーブルを叩きながら、ぶつぶつと考察を始めた。

 呪いが変質した原因は依然として不明だ。

 だが、ジンから事情を聞いたことで、新たに判明したことも多い。

 

 ……最初から本人へ相談していればよかったのではないか?

 という事実については、考えないことにした。


「……では、あなたが最近俺を遠ざけていたのも、その呪いが原因なのですか?」

「え?」

 

 と、思考へ沈んでいたサクラにジンがそう問いかけた。


「明らかに様子がおかしかったでしょう。突然騎士団への復帰を勧めてきたり、護衛を不要にする魔術具まで作り始めたり」

「そ、それは……!」


 サクラの頬が、ぎくりと引きつった。

 厳密にいえば、それらの行動は呪いそのものが理由ではない。

 呪いを通じて、ジンが自分へ恋心を抱いていると知ってしまったからだ。


 大元をたどれば呪いへ行き着くのだから、平然と肯定しておけばよかった。

 しかし、何でも顔に出るサクラにそのような芸当ができるはずもない。

 そしてまた、サクラの誤魔化しに素直に騙されてくれるジンでもなかった。


「……まだ何か、隠していますね」

「そ、そんなことないわよ」


 思いきり目を逸らす。


「なら俺の目を見て言えるでしょう。観念しなさい、これ以上何を隠し立てすることがあるんです」

「だから、隠していないったら!」

「……なるほど。では、チェチェさん。最近サクラさんが俺を避けていた理由も知っていますか?」

「チェチェ、答えなくていいからね!」

「ジンがサクラのことを好きだって分かったからだよぉ!」

「チェチェーー!」

「……は?」


 サクラの絶叫が居間へ響く。

 そのあと、ジンの呆けた声が落ちた。

 サクラは慌ててチェチェを捕まえ、その口を塞ぐ。それから壊れた人形のような動きで、恐る恐るジンへ顔を向けた。


 普段は微動だにしない鉄面皮から、初めて余裕が消えていた。

 その黒鉄(くろがね)色の瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。