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呪いの魔女ですが、大嫌いな騎士様を呪ったら私への恋心まで返ってきました  作者: ウミノリリオ


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10.呪いの魔女も、木から落ちます

「いたた……」


 サクラは地面へ仰向けになったままうめき声を上げた。

 落下の勢いそのままに全身を打ちつけ、身体のいたるところがじんじんと痛む。

 先ほど摘み取った聖樹の若葉がひらひらと落ち、サクラの額へ貼りついた。


「サクラぁ、大丈夫ぅ!?」


 チェチェが慌てた様子で飛んでくる。

 サクラは額の葉をつまみ、心配そうなその顔に苦笑を返した。


「大丈夫よ、ちょっと体は痛いけど……——っ!」


 言いながら、上体を起こす。

 途端、左足に鋭い痛みが走った。

 見れば、落ちた拍子にひねったのか、くるぶしが赤く腫れていた。


「う、嘘……」

「うわぁ、痛そぉ……!」


 痛々しいそれに、一人と一匹は揃って顔を青ざめさせる。

 しかしサクラは聖樹の幹へ手をかけ、どうにか立ち上がろうと試みた。


「これくらい、どうってこと……いったぁ!」

 

 だが、足へ力を込めた途端再び痛みが走り、たまらずその場へ座り込んだ。


「……ジンに呪いなんかかけようとした罰かしら」


 聖樹に背中を預け、サクラは深くため息をつく。

 踏んだり蹴ったりである。自業自得なのだが。


(この程度の怪我なら、少し休めば治るでしょうけど……)


 それでもここまで空回りしてしまえば、さすがに落ち込まずにはいられなかった。

 サクラは無事な方の膝に額を預け、小さく呟いた。


「どうして私って、いつもこうなのかしら……」


 考えれば考えるほど、どんどん気持ちが沈んでいく。

 うなだれたサクラの頭上に、大きな影が落ちた。


「まったく、その通りですね」


 聞き慣れた呆れ声に、サクラは弾かれたように顔を上げた。


「……ジン!」

「まったく、あなたという人は……どうしてそうも落ち着きがないのですか」


 そこに立っていたのは、呆れたように腕を組み、サクラを見下ろすジンだった。

 たった今まで話題にしていた本人の登場に、サクラの肩がぎくりと跳ねる。


「お、落ち着きがないって、どうしてわかるのよ」

「先ほど、大きな音が聞こえましたので。まるで何か重いものが、この聖樹から滑り落ちたかのような」

「そんなに重くないわよ!」

「おや。俺は一言も、サクラさんのことだとは言っていませんが」

「……」


 いつもの無表情に、うっすらと意地の悪い笑みが浮かぶ。

 まんまと誘導されたことに気づき、サクラは押し黙った。


「そうなんだよぉ。サクラ、この木から落っこちちゃったの!」


 するとサクラの代わりにチェチェがジンの前へと飛び出して、そう言った。


「チェチェ!」

「怪我もして、痛そうなんだよぉ!」

「ほう。それで動けなくなった、と」

「ちょっと、余計なことまで言わなくていいの!」


 止める間もなく、チェチェがすべて白状してしまった。

 黒鉄(くろがね)色の瞳が、すっと細められる。


「お、大袈裟よ! これくらいすぐに治るもの」


 こちらをじとりと見下ろすジンに、サクラは両手を振って訴える。

 だけどジンは聞き入れず、無言のまま歩み寄り、サクラのすぐそばに膝をついた。


「それで、どこを怪我したんです?」

「それは、その……」

「動けないのでしょう。だからそこへ座り込んでいるのでは?」

「うっ……」


 至近距離で、銀色の髪が風に揺れる。

 急に近づいたジンの身体に、サクラはびくりと身を強張らせた。

 その拍子に左足が動き、腫れた足首へ鋭い痛みが走った。


「……っ!」

「そこですか」


 ジンの視線が、サクラの左足に落ちた。

 怪我の具合を確かめようと、その大きな手が伸びてくる。

 近づいてくる指先を見た瞬間、サクラの身体から熱が引いた。


「——っ触らないで!」


 怯えの滲んだ大声が、聖樹の庭へと響いた。


 口にした瞬間、「しまった」と思った。

 それでも恐怖が、理性より先に口を動かした。


 ジンの骨ばった手が、宙に浮いたまま止まった。


「——ッ!」


 途端、サクラの胸が引き裂かれたように痛んだ。

 熱を持った足の痛みとは違う、引きちぎられるような鋭い痛みだった。


 すぐにジンから伝わってきた痛みだと気づく。

 目を向ければ、ジンはサクラの傍らで、小さく目を瞠り固まっていた。

 

「ち、違うの。そうじゃなくて……!」


 慌てて否定するが、その先の言葉が見つからない。


 自分の反応が彼を傷つけたとわかっていた。

 だけど、何をどう言えばいいのかがわからない。


 サクラはまだ震える唇で、どうにか言葉を絞り出した。


「……この程度の怪我なら、すぐに治るから。あなたも知っているでしょう?」


 たどたどしく、サクラは言う。そんな彼女に、ジンは目を伏せて返した。


「……わかっていますよ」


 ジンは短く答え、伸ばしていた手を引いた。

 そのまま羽織っていた厚手の上着を脱ぐと、サクラの頭からすっぽりと被せる。


「わっ!?」

「これなら問題ないでしょう」


 上着の前を重ね、手足まで布の内側へ収めていく。

 自分の素肌がすっかり隠れたのがわかって、サクラはようやく安堵の息をついた。


 布の中でこくりと頷く。

 それを確かめてから、ジンは上着越しにサクラの身体を抱き上げた。


「……俺に直接触れられたくないなら、大人しく包まれていてくださいね」


 言われた言葉にサクラはただもう一度、小さく頷くことしかできなかった。



*



 サクラは厚手の上着に包まれたまま自室へと運ばれ、窓際のソファへそっと下ろされた。


「もう、上着を取っても構いませんよ」


 ジンの言葉を聞き、サクラはすごすごと上着の中から顔を出す。


「……ありがとう」

「いえ」


 言いながら、身を包んでいた上着を簡単に畳んで傍らの小テーブルへと置く。

 ジンはそれを引き取ると、静かな声で尋ねた。

 

「もう落ち着きましたか?」


 その声に、サクラはなんだか気恥ずかしい気持ちになった。

 自分ばかりがジンを意識して、慌てて、空回って、怪我までして。そのうえ助けに来てくれた彼を過剰に拒絶し、傷つけた。

 途端に申し訳なさが襲ってきて、サクラは申し訳なさそうに「もう大丈夫よ」とつぶやいた。


「本当にぃ? お怪我、大丈夫ぅ?」

「もう平気よ。心配をかけてごめんなさい」

「よかったぁ!」

 

 あとから部屋へ入ってきたチェチェにもそう微笑みかける。

 ほっとした様子で、チェチェはサクラの肩の近くを飛び回った。


「それにしても、よく分かったわね」

「何がです?」

「私が怪我をして、動けなくなっていることよ」


 気まずい空気を変えるように、サクラが声を切り替える。

 ジンもまたいつも平坦とした声で答えた。


「そこまでの怪我だとは思いませんでしたよ。あなた方が庭にいることは知っていましたし、そのあと大きな音と、チェチェさんの声が聞こえたので」

「チェチェ、いっぱい叫んだよぉ!」

「ええ、おかげですぐに気づけました。また何かやらかしたのだろうな、と」

「やらかしたとは何よ、失礼ね!」

「実際、やらかしていたじゃないですか」

「それは……そうとも言うけれど……」

「そうとしか言いませんよ」


 きっぱりと言い切られ、サクラは二の句が継げなくなった。

 ジンは呆れたように息を吐くと、サクラの左足に目を向けた。


「……ですが、もう大丈夫そうですね。痛みもほとんどない」

「ええ、そうね。腫れもほとんど引いて——」


 答えながら、自分の足首を確かめる。

 赤く腫れていた左のくるぶしは、すでに元の状態へ戻りつつあった。まだわずかに熱を持っているが、強く痛むほどではない。このまま安静にしていれば、半刻もかからず完治するだろう。


「……?」


 と、そこで違和感が頭をもたげた。

 どうしてジンは今、『もう痛みはほとんどない』とわかったのだろう?

 

 腫れが引いたことなら、見れば分かる。サクラの治癒力が普通の人間より高いことも、ジンは知っている。

 だが——痛みがほとんどなくなったことまで、なぜわかったのだろう。


 他人が感じている痛みなど、本来ならわかるはずがない。

 そう、本来なら。 


「……ジン。あなた、まさか……」


 ふと思い至った考えに、サクラは頰を引き攣らせた。

 恐る恐る顔を上げると、ジンはいつもの鉄面皮に、ふっと底冷えするような笑みを浮かべた。


「……違和感自体は、少し前からあったんですよ。ですが、偶然ではないと確信したのは昨日です」

「昨日……?」

「ええ、昨日。転びかけたあなたの襟首を掴んだとき、俺の首にも圧迫感がありましてね」

「……!」


 ジンはそう言って、自分の首元に手を添えた。

 サクラの顔からみるみる血の気が引いていく。


「そして今日。何の怪我もしていない俺の足に、突然強い痛みが走った」

「ま、まさか——」

「痛みを感じた場所は、あなたが怪我をした場所と同じ。痛みが生じた時刻も一致しています。そして、あなたの怪我が治るにつれて、俺の痛みも薄れていった」


 一つずつ並べられる事実に、言い逃れの余地はなかった。

 ジンが一歩、サクラに近づく。

 サクラは椅子へ座ったまま、後ずさることもできない。


「サクラ、顔が真っ青だよぉ?」


 チェチェの間延びした声が、まるで他人事のように響いた。


「——さて、サクラさん」

 

 頬を引き攣らせるサクラに、ジンはニコリと微笑んだ。


「いったい俺に、何をしたんです?」


 珍しいその笑顔に、世界が凍りつくような感覚がした。

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