P.M.9:30――
時刻は21時をまわる。あたりはすっかり暗くなった。
町田という男は小さな小屋で10匹以上はいる黒猫と暮らしている。
テレビを適当に眺めながら、彼は面倒をみている玄猫の1匹を膝の上に置いて撫でていた。机のうえには彼の好物であるチーズとビールが置かれている。グラフが動き続ける画面のノートパソコンもある。
そこへドアを強く叩く音が。
「誰か来たようだ。ごめんよ」
彼は猫を床に離して玄関を開ける。
「あ……貴方か。折り入って頼みたいことがある」
「警察のいうことを聞かない訳にはいかんでしょ」
小屋を訪ねてきたのは例の刑事だ。町田はやれやれと溜息をつく。
「車が見つからなくて……どうもこの暗闇じゃ下山もままならないと思ってね」
「ああ、そう。それで?」
「日が明けるまでここで世話になれないか? そこの床で寝るのでもいいから」
「わかった。でも、ここにある食料は私のものだからな。アンタにはやらんぞ」
「ああ……そうだな……我慢しよう。お世話になります」
そう言って安住は壁にもたれるように座りこむ。
「何だよ? ジロジロみてきて?」
「あの……あのパソコンでみているものは?」
「株価さ。退職してから投資で生計を立ててね」
「そうなのか……それでここ最近になってここに」
「ああ、このコたちは元々このあたりにいたコたちだけど」
「町田さんが面倒をみているのか……それにしても凄い数だ」
「このコたちのおかげで静かな気持ちで過ごしていられる」
ガジャンッ!!!!!!
またも車が衝突したような音が耳にくる。
しかし、町田は何事もないように黒猫を膝においてテレビを観る。
「おい」
安住の震える声にも全く反応しない。
ここは普通じゃない。
暑くて汗だくの安住は何故か体も震えてしまっているような気がした。
幸いここはエアコンが完備されている。真夜中の熱中症に悩まされるという事はなさそうだ。空腹を我慢するのは結構堪える夜になりそうだが……
五味たちのバンが例のエリアに到着する。
すぐさまに遺体が収納されているスーツケースを取り出す。
「本当に警報が鳴らないのか……」
「当たり前だろうが。そのへんはお偉いさんたちがうまくやっている」
「確かに普段なら警報が鳴る筈の場所で警報が鳴らない。そのうえで侵入に成功して遺体を埋められるときたら、この仕事を完遂するのにもってこいだよな」
「おまけに大金が入る。至れり尽くせりだよ」
「ヘヘッ。テメェもワルだな。悪ガキでなく」
スーツからは凄まじい悪臭がする。どうやら本当に人だったブツがこのなかにあるのは確からしい。
五味たちは例のペンションまでやってきた。
その敷地内に入って中庭に入った。今はもう動かない錆びついた噴水を中心に随分と広い庭だ。2人は適当なところで土を掘りだす作業に入る。
だいぶ深くまで掘っただろうか。
ガシャンッ!!!!!!!
車が破壊される音がそこの作業を止めさせた。
「今のって?」
「バンに何かあったのかもしれないな。お前、行ってくれるか」
「何でアタシなのよ? テメェの車だからテメェがいけよ!!」
「俺は必死でこの穴を掘ったからな。お前ほど若くないからクタクタなのよ。お前がもうチョット可愛い女だったら、俺もひと肌脱ぐのだけど。お前だってさ、お手伝いで来ているのだろう? ちったぁ若い衆らしく働けよ」
「クソ野郎……じゃあそこのブツを埋めるのはお前がやれよ!!」
「ハイハイ」
五味は勝ち誇ったように微笑んでみせる。
バンが気になるのもあるが、今は少し休んでいたい。
そんなわがままをお手伝いさんに聞いて貰えたようだ。
渚沙が去って数分間、五味は煙草を吸って休む。
そこで今度はペンションから甲高い女性の悲鳴がペンションから聴こえた。
「人がいるのか!?」
思わずペンションのほうを向く。3階の窓がバタンッと勢いよく不自然に開きだす。
彼は懐にある拳銃を取りだして構える。
自分たちが野暮用を済ませている同タイミングでそういったことをやっている輩がいると言うのだろうか?
彼はゆっくりとペンションのなかに入ってゆく。
誇り塗れではあるも、内装がきちんとしたその建物内に彼は息を飲む。
3階へ続く円状の階段を1段ずつゆっくりと上がる。
そして3階についた際に彼は片脚に違和感を覚えた。
「みぃ~つけた♡」
這いずるようにして階段をのぼってきた血塗れの女が彼の足を掴む。
五味は大声で叫び彼女を撃ち殺す。でも、彼女は死なない。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
気持ちの悪い大声で気持ちの悪い笑い声を響かせるのだ。
そのまま彼は階段を転がりゆくように落ちていった――
「ない……違う車……」
渚沙はバンのあったところに戻ってきたが、そのバンがなくなっていた。その代わりに違う車が何かに圧し潰されたようにして破壊されている。
驚いて立ちどまる彼女だったが、茂みがザザザッと動く音に身構える。
「誰?」
茂みから現れたのは2人の男女。
「尊。カメラ止めて」
「え? わかったよ」
カメラマンの男とモデルをやっているかのような女。
「マニアック新世界?」
渚沙は彼らのことを知っていた。
マニアック新世界の2人も車が何かに衝突したような衝撃音を耳にしてここにやって来たらしい。もっとも、2人は自分たちが乗ってきた車を山の麓の駐車場に停めてきたらしいが……この目の前にあるプリウスは本人たちのものでもないらしい。
「おそらくさっきの衝撃音はこの車が壊された音でしょう」
「それは分かるけど……アタシたちが乗ってきた車がない」
「あの……お嬢さんはどうしてここに? 私たちはご存知のようにこういう事件現場をロケで訪ねるって事をしているからって言うので説明はつくけどさ……」
「あぁ……実はアタシも新世界マニアックの有料クラブの会員で。その……ここをアナタたちが今日訪れることを知っていて」
「リベンジャーさん?」
「いや。違う。ドキュン・ピストルです」
「ああ! 来月のオフ会に参加予定の!」
事実として渚沙は新世界マニアックスの有料クラブ会員であった。彼女はそのチャットでこの立ち入り禁止区域が一時的に開放されることを知った。もっとも、この情報をリークしたのは「リベンジャー」という会員なのだが……
渚沙はそのまま新世界マニアックスのファンとしてこっそりと此処を訪ねようと企てていたが、彼女の所属する反社会組織がメンバーを処刑して、その処理を困ったぞという事でこの立ち入り禁止区域に埋める計画を提案。あろうことか、彼女の思惑どおりに事は進んでしまう。彼女はこの後に大金を得ることすら約束されたのだ。五味という男をパートナーにつけることになったので、憧れていた2人と会う目的は達成できないと思われていたが……
「その……2人が本当に来るのかなぁ……と思いつつも、来ちゃって」
「全くウェルカムよ! これからまたペンションに戻ろうと思うけどさ、一緒にくる?」
「あ! それがまずいことになっているの!」
「えっ?」
「アタシも身内と来ていて。アタシが未成年だから心配だって。それで先に例のペンションまで来たのだけど、なんか警察まで来ていたみたいでさ」
「それって……リベンジャーさんのリークが漏れたっていうこと?」
「多分……行ったら巻き添えをくらうかも……」
「姉ちゃん。ここまでにしようか。この壊れたプリウスを撮っただけでも充分な収穫になるよ」
「私はドキュンちゃんといっしょに行くよ?」
「えっ!?」
「でも、警察が来ているって……」
「捕まった時は捕まった時よ。それでも私たちのことはバズる訳だから、これは売名ができるチャンスじゃない?」
「そう。分かった。僕は遠慮するよ。どうも踏みこんじゃいけないところに僕ら踏みこんでしまっている気がする」
「弱虫。だから最近になってアンタの存在感がなくなったのよ」
「あの……アンリーさん……正気で言っているの?」
渚沙の説明を受けて尊のほうは撤退を決めたみたいだが、杏梨は頑なだ。
結局、渚沙は杏梨とペンションまで戻ることにした。
「あの……身内って言ったけどさ。ヤクザなのよ。その身内って」
「えっ? そうなの?」
「うん。だから関わらないことを薦めるというか……」
「ワクワクするわよ!」
「はぁ……」
道中で渚沙は杏梨に引き返すよう再三にわたり説得を試みるも無駄だった。
やがてペンションに着く。
渚沙はまたも驚く。庭が何事もなかったかのように片付けられているのだ。
(あの野郎、あれからブツを埋めてくれたっていうのか?)
そこでペンションの3階から凄まじい男の叫び声が聴こえた。
おそらく五味の声だろう。
杏梨は興奮冷めあらぬままに尊から受け取ったカメラを構えてペンション内に入ろうとする。するとそこに血塗れの女が拳銃を持って現れたのだ。
声を発する間もなく杏梨は銃殺された。
そしてその銃口は渚沙に向けられる。
「まさか……アンタがリベンジャーなのか……」
その夜。何発もの銃声を安住は耳にする。
たまらず玄関ドアを開ける。でも、辺りは真っ暗な暗闇。
「おい、エアコンの冷気が抜けてしまうだろうが」
町田が思わず毒づく。
安住はもう既に怖気を通り越して嫌気でウンザリしだしていた。
今晩は眠れそうにない。
こんな山奥で普段聴くような音じゃない音を耳にするしかないのだから。
それを「日常」と思って過ごしている住人を目の前にしているのだから。
Next……A.M.5:00……




