P.M.7:30――
安住は愕然とする。
「ない……」
彼の愛車がなくなっているのだ。
「アンタ、何しにここに来た?」
後ろから男の声が。
「ここの者じゃないな? ここは立ち入り禁止区域だぞ?」
男は渋い和服を身にまとった壮年の男。歳は安住より上なのだろうか? 少し余裕があるのか微笑んでいる。でも、彼がここで態度を改める必要などない。
「こういう者だ。今日ここを訪ねることは事前に許可を得ている。なんてたって俺と一緒に来ている者も町役場の職員だしね」
さらっと誇らしげに安住は警察手帳をみせる。
「それはそうとアンタこそ誰だ? 数年前にここの捜査には毎日のように入っていたが、アンタのような男を見たことはないぞ?」
「私は町田と言うよ。このへんに住むようになったのは昨年……いや半年前から。ここの管理者を任されるようになった」
「そうか。そうですか。じゃあお世話になりますね。それよりここに停めていた俺の車がなくなってよ。町田さんはどこにソレがあるか知らないか?」
「さぁ。車がないとなると大変だ。ここから麓までまただいぶあるし……」
「はは……他人事だな。そういえばさっき凄い衝突音を耳にしなかったか?」
「………………」
町田の表情が急にこわばる。
「知らん。ここは静かなところさ。聞き違いじゃないか?」
だいぶ間をおいてそう返答。彼はそのまま安住に背を向けて去ってゆく。
「うわっ……最悪だな……」
安住はスマホをとりだすが、電源がいつの間にか切れてしまっていた。
梓はペンションに入って辺りを見渡す。
ひどい。
ここで野生の動物が暴れることがあったのだろうか?
物という物が破壊され尽くして散乱している。
外観は錆びたところを除いて無事だったのでこの建物内で何かがあったということなのだろうが……
「地震でもあったかな……でも、ここまでのモノってなると」
ここ10年の単位でみてない。少なくとも数年前のあの事件までここは仮にも宿泊施設として機能していたのだ。考えられるのはここが心霊スポットであると来訪者に溢れていた時に荒らした馬鹿がいると言うことぐらいだが……
床には破損した花瓶や皿の破片が散らばる。
そこでレトロな音楽が館内に鳴り響く。
上の階からだ。
「誰? まさか誰かいるの?」
怖気がした梓だったが、ゆっくりと足元に注意しながら円状の階段をのぼる。
やがて3階の一室の前に辿りつく。念の為にノックをしてドアを開ける。
その部屋は埃まみれでありながら、整理整頓されていた。誰かが泊まるまえのホテルの一室とも言えようか。決して綺麗な状態ではないが。
ただ部屋の中心に机が配置してあり、その上にあるレコードプレイヤーが作動しているのだ。
梓が近づいただけでレコードの回転が止まり、音楽が鳴りやんだ。
そして再びあの凄まじい衝撃音が家の外から聴こえる。
思わず窓から外を見てみるも、特に何かがあったワケでなさそうだ。
彼女は首を傾げながらも1階へ降りることに。
しかし、玄関の扉は外から閉ざされてしまっていた。
「チョット! 誰か!! 誰かだしてよ!!!」
扉をドンドンと叩きながら彼女は大声で叫ぶ。
だが、誰かの耳にその声が届くことはもうない。
五味と渚沙は五味の車内に移動していた。
渚沙はずっと音楽を聴いている。
「さっきから何を聴いているのよ?」
動きだすまでまだまだ時間がある。五味は渚沙の肩をさすって話しかけた。
「チャイメタ」
「チャイナ?」
「どう聴いたらそうなるの? 日本人が中国人の歌を聴くか」
「いや、俺はそもそも音楽なんて聴かないし。10代からもっぱら部活ばっかりやっていたし。お前もそういう青春を過ごしたかったクチじゃねぇのか?」
「あーそれでさっきからカーテレビでボクシングの試合を流しているの?」
「そうそう。今より若い時は試合にでて強くてよぉ」
「でも、なれなかったのでしょ? プロボクサーに」
「はは、テメェは口汚い女だな。この世界で生きていくのにも難がありそうだ」
「さっきの質問に答えるなら、アタシはまだ子供の時からこっちにいるよ。でも、それで学校に行っている奴を羨ましいと思うことなんてない。今の自分に満足もしていないけど、オッサンが言うような難に遭うことなく生きていられる。学校なんて行かないほうが得なんじゃないの?」
まだ俺は20代だぞと五味は言いたくもなるが、敢えてグッと抑える。それにしてもこの権藤渚沙という少女は一体何者なのだろう? 少女にしては話す内容が妙に大人びている。その底知れなさを不気味に感じてもいるが、興味深くすらある。「もう少し愛想がよければ」と思ってしまうのはわがままなのだろうか?
『はい。オカルト大好き。みんな大好き。マニアック新世界のアンリーだよぉ。今日は会員制サービス向けに普通は入っていけない神の領域へ入ってゆく動画になります。栃木県のある立ち入り禁止区域にお邪魔しております。ここはかつて心霊スポットとして有名なところでした。だけど迷惑行為に走る馬鹿が増えたと言うことで立ち入り禁止区域になったのですね。普通ならばこのへんを通ったら大きな警報が鳴るのだけど、今日はどういうワケか鳴らないという噂と耳にしてきました。本当に鳴らないね? タケルくん!』
彼女はカメラに向かって興奮気味に話す。
『ヘヘヘ。会員さんからの有力な情報のお蔭です』
カメラマンの彼はボソボソと彼女が話しかけてくるのに答える。
マニアック新世界。千葉県在住の姉弟で運営しているヨウチューブチャンネル。主にオカルトを取りあげるチャンネルで元ファッションモデルの中村杏梨がその顔を担うことで一気に登録者を増やすことに成功する。ひきこもりからその道で生きていこうとする弟に対して杏梨は元々嫌悪感を抱いていた。しかし、モデルとして加齢とともにドンドン地位を失っていく彼女は弟からの「姉ちゃんといっしょにやりたい」という声を拒むことができなかったのだ。
彼女にはそれよりも嫌悪しているものがある。それは弟の尊もそう。
福祉関係で成功を収めている両親だ。
いや、そもそも2人はその道を志しているところもあった。
ところがその福祉現場に見習いとして働いてく中でそのきつさを実感。両親へ「合わない」として別方面の進路を考えたいと相談するも、まったく応じようとしなかった。彼らにとって杏梨と尊が親の後を継ぎ福祉関係の逸材となるようにすることが何にも代えがたい目標や目的でしかないのだ。
だから杏梨は必死でモデルになる努力もしたし、尊も頑張った。だけど、彼は高卒で会社員となるも、彼のだらしなさとわがままが祟って3カ月もしない内に退社。以降しばらくはニートとして実家で過ごす。
この間もずっと両親と福祉関係の職場で働くように叱咤を受ける。彼はそれに抗いたくて様々な道を模索する。
そこでいきついたのがオカルト系ヨウチューバーだったのだ。
杏梨とコンビを組むようになってからは一気に大金を稼ぐように。両親へここまで言うのか? と言うような毒を吐いて千葉県の田舎町を出てゆく。
それから彼は姉の杏梨と共に浦安市の高級マンションに移り住む。
ただ、姉と違って彼は決して容姿端麗ということもなく。メディアの表に出ることがない。ゆえにマニアック新世界を杏梨の個人活動と思っている者も決して少なくない。それほど彼の存在感というのはないに等しいものであった。また活動についても杏梨の案で切り開いていったことが少なくない。
この会員制のスペシャル動画がそうなのだ。これは高額なファンクラブに加入したリスナーのみが閲覧できるサービスで専用のチャットもダークウェブに建て運営している。
お蔭様でマニアック新世界は会社の発足も視野に入れている。
今回この撮影に至ったのはこの日のこの時間帯にこのエリアを訪れても警報が鳴らないという情報を会員チャットで仕入れたから。半信半疑の彼と彼女だったが、なんと本当に素通りできてしまったのだ。
驚いた彼らであったが、むしろコレ以上撮れ高になるモノはないと喜ぶ――
Next……P.M.9:30……




