P.M.6:30――
いやーめっきり熱いですよね……
ここはエアコンも完備されているホールで心地よいけども……
さて、そこのアナタは一生懸命に訴えているのに誰からも無視される経験ってあります? 私にはありますよ。試しに路上パフォーマンスで怪談披露をやったことがありまして。チラチラっと横目で見て通り過ぎていく人ばかりで……
そんな目で私を見るな。篠田林檎です。さて、そういえば、栃木県のとある山奥で変な事件がありましたね。ヤクザと役所務めの一般人が手を組んで刑事を殺したって話。これはその事件に纏わる噂話で――
夜があけて男の凄まじい叫び声が響きわたる。
その近くで犬の散歩をしている女性がいた。
その近くで自転車を走らせる男子学生もいた。
そのすぐ近くで黒猫たちの面倒をみる壮年もいた。
でも、誰も何もなかったかのようにその足も手も止めない。関わってしまえば日常は崩れてしまうのだ。彼の叫び声は虚しくもこうしてかき消された――
「もしもし。あ~そうなのよ。例の。来ちゃったのよ。もう解決したヤマだって言うのにさ。腰がドンドン重くなっちゃいそうだよ」
定年退職が間近の刑事、安住剛志は彼の長年愛用する愛車に背をつけて電話にでる。この立ち入り禁止区域で起きた事件を担当した刑事だ。
彼は目を細くして周囲を眺めてまわる女をみる。
彼女はこの空知町の町役場で働く女性職員で猪崎梓という。彼女の従弟があの事件の容疑者グループにいた。彼は他の面々と同様に仲間だった被害者の女子に対して一切の暴行は働いてないと言い切っている。彼はそもそも両目に障害を負っている障害者ですらあった。
『俺達は……ホントに……ホントに肝試しに行っただけだ。その時に玉木の奴が急に狂ったように絶叫して暴れだして……加藤の奴が抑えようとしても抑えられなかったみたいで……俺も他の奴らも怖くなって……彼女のことは置いて逃げてしまった。それがこんなことになってしまったのかと思うと情けなくてさ……ほら、俺ってよく目が見えてないからさ……まわりのみんなが怯えてしまっているのが余計に怖くて……』
彼は面会のときに涙を零し梓へ告白する。
嘘のお芝居で作り話を語るにしても出来すぎている。
彼女は従弟が本当のことを言っているのだと信じたのだ。
「どうだ? 何かあったか?」
「いえ。何も。例のペンションのほうまでゆきましょうか」
彼女は安住が無茶苦茶な取り調べを従弟達に対しておこなったという噂を耳にしてから、彼に対して疑念を募らせた。残念な事に被害女性である玉木麗という被害者女子の遺体から従弟ともう一人の容疑者の精液が検出されてしまっている。
証拠としては充分だ。彼らの裁判を担当する弁護士も彼らが犯行をおこなったことを前提として突発的な犯行であったからとする旨で減刑を求める。
でも、それでも梓はこの事件の真相が闇に葬られてしまうのでないかと思って行動をとる。栃木県警のこの事件を担当した警察へ彼女も居合わせる現場検証を要求したのだ。当初は警察もこれを受け入れないと突き返すものであったのだが、彼女の1年以上にわたる執念は安住という担当責任者を動かすに至る。
「………………」
「………………」
こうした経緯もあり、合流したその時から彼と彼女は口をほとんど交わさない。お互いが信頼のおける存在で決してないからだ。
やがて2人は事件のあったペンションにやってくる。
ガジャンッ!!!!!!!
凄まじい衝撃音が2人の背中を刺した。
「今のって……」
「ああ、車のあったほうだ。引き返していいか?」
安住は冷や汗を頬に垂らす。自分の愛車に何かあったのでないかと不安で仕方ない。
「そっちはどうぞ。私はひき続きここを詮索しますから。あ、ここのペンションの鍵をまだ貰っていませんでした。渡して貰えますか?」
「おい! 非常事態なのだぞ!! 車がなかったら、街まで帰るのにどれほどの時間がかかると思っているんだ!!!」
「警察の仲間を呼べばいいでしょうが。貴方ができないなら、私が職場の仲間に電話を入れます。まったく……警察なのに頼りないね。あれ?」
梓はスマホを取りだすが、そこで通信が圏外になっている事に気がつく。
「ここはどういうワケか圏外になるようだ。アンタが言うように誰か電話で呼ぶにしても、車のあったところまで戻らないといけない。さっ! 戻るぞ!」
「私はここをみてまわります。刑事さんが先に戻られたらどうですか? ここをみてまわったらそっちへ鍵を返しますから」
「ふざけやがってよ……」
「ふざけていませんが?」
「勝手にしやがれ」
安住は梓へ叩きつけるようにしてペンションの鍵を手渡す。
そして足早に引き返していく……
「痛いなぁ……あのジジィ……」
思わず毒づいた梓はその館の扉を開けた。
同時刻。山の麓にあるファミレスで夕飯を食べる男と女子がいた。
「いただきますとごちそうさまぐらいは言えよ?」
「何で?」
「世話になっているからだ。それが言えないなら身体で代償を払え」
「嫌だね。手伝ってやっているのだから馳走になるのは当たり前だ」
五味秀一。彼は関東地方で暗躍するヤクザ「九頭竜会」の傘下組織幹部の男だ。普段は風俗店の経営などをしているが、組の厄介事の後始末を任される事もある。今回は組織を裏切った男のバラした遺体を例の立ち入り禁止エリアに指定されている所に埋めろというもの。
見返りの金銭がとても大きい。これまでやってきた「始末」の仕事でも最高額であり、警察などとの裏取引も親組織がやってくれているときた。ただ1点だけ納得のいかない事がある。
「お前……どこのギャルだか知らねぇが、やっていることがどういうことなのか分かっているのだろうな?」
「死んだブツを運んで埋めるっていうことだろ? お子様だと思ってなめるな」
「悪いな。お子様を舐める趣味は俺にはねぇよ。熟した女でなきゃ味はしない」
「じゃあやることをとっととやれ。アタシも暇じゃねぇのよ」
権藤渚沙というこの少女にこの後始末の手伝いをさせろと言うのだ。
その理由がイマイチ分からない。
腹の座ったメスガキなのは確かだ。でも、ガキはガキ。
外にでればまた嫌な汗をかいてしまいそうだ。
五味は溜息を漏らして窓からみえる流れゆく車を眺める。
同時刻。そのファミレスの駐車場に車を停めた2人の若い男女が車内での綿密な打ち合わせを終えたのちに撮影場所へ向かう――
Next……P.M.7:30……




