9-『破天荒』の前の静けさ
「芯の利き腕、当然、知ってるよな?」
「左、だろ?」
「お前、どっちを殴られたって?」
「あ!!?」
左頬の痛み…。
「あいつは甘い。俺なら、そんなひどい事言った奴に容赦なんてしない」
扉の向こうにルゥが消える。
「でも、今更」
プライドが邪魔をする。
「どうやって…」
(謝ったら…)
一人ぼっちのリビングルームに、無音の音が響いていた。
ーーーーーーーー
マネージャーとしての麗叶の初同行は、新曲MVの撮影だった。
合宿所を車で出発したのは、まだ空気に白い靄が混じる頃。撮影現場となる港の倉庫に到着したのは、朝8時だった。
「おはようございます。Seven C'sマネージャーの青木です。本日はよろしくお願いします。状況はいかがでしょうか?」
運転席からスマホで現場スタッフと連絡を取っていると
バンっ!
「あ!本田さん!待っ」
アキラは、麗叶の指示を待たずに車から降りてしまった。
麗叶はスマホを耳に押し当てながら、アキラの背中を目で追った。
「え!?……はい…そうですか。では、準備が整ったらお知らせください」
通話を終えて振り返ると、重い空気が立ち込めていた。
「どれくらい待つって?」
ルゥは、曇ったガラス窓を指でこすった。
「撮影始まるのは、何時間後?」
「来栖さんは察しがいいですね? 申し訳ありません。機材トラブルで目処が立たないそうです」
「ふぅ」
というルゥのため息を吹き飛ばすように、無邪気なノリは嬉しそうにピョンと座席から身を乗り出した。
「んじゃ、遊びに行っていい?」
沈んだ空気なんてお構いなしのノリに、麗叶は少し救われた。
「せっかく早起きしたし、僕、遊びに行きた~い!」
「自由行動は良いんですが、いつ始まるか分かりませんので」
「遠くに行っちゃダメに決まってんるだろ、ノリ。ってことで、お休み」
ルゥは座席を倒し、腕を組んで眠り始めた。
「外にいます。スマホに連絡ください」と、サングラスを手にした芯が車を降りていった。
「あ~!待ってよ、芯!」
ぴょんぴょん跳ねて「僕、野良亀が見たいなぁ」と、はしゃぐノリの頭に、芯が大きな手を乗せた。
「この辺に、野生の亀はいねーだろ」
「あんまり遠くに行かないで下さいねー!」
麗叶が慌てて窓から顔を出した時には、芯とノリは別々の方向へ向かっている。
「え? 一緒じゃないの?」
指示を聞かずに出て行ったアキラの携帯番号に発信したが
「……」
圏外なのか電源を切っているのか、通じない。留守電に伝言だけ残す。
ふと運転席から後部座席へ振り返ると、ルゥがいない。
「来栖さん?!?!」
忽然と姿を消している。
「……」
知らぬ間に止めていた呼吸に気付き
「……っはぁ~」
ドンっと座席にもたれかかって、大きく息をついた。
『破天荒で自由奔放なSeven C'sの管理は不可能』
事務所ではいつもの笑い話だが、実際自分がその立場になると笑ってなんかいられない。
それにきっと、こんなもんじゃない。
まだマネージャーになって、4日しかたっていない。
「さて、と。気合いれなきゃ」
今までのマネージャー経験なんて参考にならない。
「大丈夫!」と自分を励ます。
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アキラは、撮影倉庫の裏でひとり、留守電に残された麗叶からの伝言を聞いていた。機材トラブルの件は、さっき現場監督に会って直接聞いていた。
「女マネージャー、心配そうな声だったな」
芯と一緒に居たくない。それだけの理由だったのに
「俺って、感じ悪りぃ」
新しいマネージャーに、何の落ち度もねぇのに…
「ちくしょー! それもこれもみんな芯が…」
(いや、俺が…悪)
「でもよ!」
(信じてなかった俺が悪)
「ああああああ~~!!」
苛立ちがつのる。
『1番守りたいものを、1番大切にしてくださいね』
何が言いたいんだ?あの女マネージャー。
負けたくない、芯には。
アキラのプライドが、邪魔をする。
『優先順位を間違えたら、後悔しますよ』
俺にとって1番大切なもの。
「…。。。」
風が海の雫を運んで来た。
(俺、実は)
頭にのぼっていた血が、潮風で冷やされていく。
(分かってんだよな…)
カタン
物音の方へ視線を向けると、目の端に見覚えのある横顔、、、
すっと隣の倉庫に消えた。
「中野? なんであいつが?」
でもこの倉庫は、撮影で使う倉庫じゃない。あいつ、撮影用の倉庫と間違えたんじゃねぇか?
つか、なんであいつがここに?
「人違い?」
いや、やっぱり中野だった。
(社長室で山内が中野のこと、何か言ってたような…)
でも、気が動転してたから、よく覚えていない。
「中野、俺らとの仕事が、まだ残ってんかもな」
中野が倉庫を間違えたんなら、教えてやらねぇと。あいつは嫌な奴だけど、だからって意地悪すんのは違ぇって思う。
アキラは隣の倉庫の扉を、
ガシャンと開けた。
同時に、影が笑う。
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