7-チェスのごとく
社長の優しい声。
「『次』は、ありませんからね」
再び問題を起こしたら…。。。
振り返ると、社長は恵比寿神のように優しく微笑んでいた。
ドン!!
芯は、社長室の扉を叩いて開けた。
静寂を取り戻した社長室で一人、社長は丸い腹をグルグルとさすりながら、有名な『恵比寿のような笑顔』を浮かべた。
「あの子達には、あれぐらいやらないと」
(アメとムチ。まずは、キツいムチを受けなさい)
軟禁生活というムチの後、アジアワールドツアーという甘い甘いアメを用意している。
しかし
「それはまだ内緒。反省が先だ」
誰にも聞かせたことのない、地獄から響いてくるような低い低い男の声。
(芯たちも麻薬に手を出したのかと一瞬ヒヤッとしたが『無実』で良かった)
「まぁ、あの子達はプライドが高いから、ヤクはありえないか」
早く手を打ったお陰で、マスコミ封じにも成功した。
最近では、マスコミとの取引も簡単ではないが
(腐っても奥村剛。昔とは言え一世を風靡した人気アイドル。まだ使い物になったというわけだ)
「それにしてもグッドタイミングでしたねぇ」
奥村剛が独立したいと、言い出したのは1ヶ月前。
社長は
奔放すぎる”Seven C's”に足かせを
奥村には制裁を
同時に加えることに、成功したのだ。
「さてと、身に染みるほど反省してもらいましょうか。そして、どんどん稼ぎなさい」
チェス盤を思い浮かべながらビル群を見下ろし、
にぃ~~~っ。と微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
翌朝、芯とルゥは大きなハイエースのそばに立っていた。
麗叶は笑顔で近づき、スライドドアが開ける。
「おはようございます。手荷物はこちらへ置いてください」
座席を折りたたんでできたスペースを指さした。
「青木麗叶、さん。でしたっけ?」
芯の肩に手をかけながら、クールなルゥが麗叶に笑顔を向けてきた。
「なんでかな? 初めて会った気がしないです、ボク達」
「えっ?! 覚えてくださってたんですか?!」
麗叶は大きな黒い瞳をキラキラ輝かせながら、長身の二人を見上げた。
ルゥはいたずらっ子のような顔で、芯の肩ムニムニと揉んだ。
「あはっ♪ やっぱり? すごく昔、どっかで」
「事務所でご挨拶したのなんて、もう何年も前ですよ!」と、嬉しくなった麗叶が口元で両手を合わせ、声を弾ませた。
「イテっ!!」
芯の肩に置いていた手を叩かれ、ルゥが大きな声を上げた。
「いつまでも乗せてんじゃねぇ、重ぇんだよ!」
芯は不機嫌を隠そうともせず、さっさと車に乗り込んだ。
「すみません、突然変なこと言って。忘れてください」
ルゥは冷たい笑みを浮かべ、芯に続いてステップを踏み、車に乗り込む。
さっきまで親しげに接していたルゥの、あまりにも早い変わりように、麗叶は立ち尽くした。
まるでクルクル変わるネコの目のようだ。
運転席からバックミラーに目をやると、芯は一番後ろの席を陣取り、帽子で顔を隠している。
ルゥは、芯と離れた座席で鞄からイヤホンを取り出している。
ガチャっ!!!
アキラが力任せにドアをあけ、入り口に近い席にドカっと音を立てて座った。
不穏な空気に麗叶が戸惑っていると
「おはよ~~~。あ~眠いね~」
のんびりとノリが車に乗り込んできた。
重苦しい雰囲気のまま、無言のドライブが30分以上続く。
長く連なる木立の向こうから赤褐色の屋根が覗き、白い洋館が現れた。
「あれが合宿所ですよ」
「合宿所って、あれ、社長の別荘でしょ? はぁ~ よく寝たなぁ~」
ノリはまん丸の目を擦りながら、欠伸をした。
合宿所に到着した麗叶が、ガレージでひとり、車から荷物を降ろしていると
「これ。オレの。」
振り返ると、ポツンと佇んだアキラが、自分の荷物を指さしていた。
「本田さん…」
合宿を言い渡されてからずっと、アキラはさながら手負いの獣だった。
(俺たちの喧嘩のせいで、こんな合宿になって…)
でも…
(悪いのは芯で)
もしかして、、俺が?
(でも芯の日頃の行いが悪いから、だから俺が勘違いしたんだ)
でも…
思考がループする。
巡って巡って巡って巡って、一向に抜け出せない。
麗叶はアキラから視線を外し、荷下ろしを再開しながら訊いた。
「妹さん、大丈夫ですか?」
「んぁっ!?!」
ヒュっっ!!
と風が走り、アキラは大きな目で威嚇した。
「責任。」
「なんだよ!?!?!」
「妹さんも、責任を感じてしまってるんじゃないですか?…本田さんみたいに」
スッと風が止む。
麗叶は、最後の荷物を車の外に置き終えると、パンパンと手を払い、姿勢を正して、もう一度訊いた。
「大丈夫、ですか?」
(妹さんも、キミも)
「………。」
じっと睨んでいたアキラが、ふっと目をそらした。
「さぁ。。。。分かんねぇよ。。」
何度もスマホに届く、妹からの【ごめんなさい】。絵文字のない謝罪が、脳裏によみがえる。
必死に食い止めていた不安が、一気に溢れ出る。
「心配ないよっ…て言ってあげなきゃですね。妹さんに」
マネージャーの本分を超え、麗叶が一歩だけアキラに踏み込む。
「その為にも、ケジメ、つけた方がいいと思います」
「ケジメ……」
(ルゥやノリに謝りたい。俺らのせいで)
俺、のせいで…?
(悪かった…)
芯、、、に、、、も、、
メンバーという存在は、素直に謝るには近すぎる。
中でも最も謝りたくない相手が、芹沢芯。
プライドの高いアキラは、軽い「ゴメン」しか言えない。だって…
(もし…受け入れてもらえなかったら?)
怖い。
「よし!運ぼっと。」
麗叶は大きな荷物をひとつ肩にかけて歩き出し、
あえてアキラの顔を見ないように、真横で足を止めた。
「プライドを守るのは、とても大切です。でも1番守りたいものを、1番大切にしてください。
優先順位を間違えたら、後悔しますよ、きっと」
麗叶がガレージを出ると、芯がいた。
壁に背を預け、左手を唇に添えて考え込んでいる。
(まったくもう。意地っ張り同士なんだから)
「芹沢さんも。ね?」
重い荷物に振り回され、フラフラと歩く麗叶の横に、芯がスッと近づく。
気づく間も与えず麗叶の肩から荷物を奪い、無言のままガシガシ歩いて行った。
「私はまだ部外者か。はぁ~。険悪ムードは続きそうだなぁ」
見上げると、新緑がキラキラ輝いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「で、お前は、なんて言ったわけ?」
リビングルームに入ってきたアキラに、ルゥが唐突に尋ねた。
「?」




