57-芯の傷
その後の記憶は、断片的にしかない。
所々黒くなった壁。しかし、マンションは原型を留めている。ただ…鼻を刺激する臭いは、いつまでも消えない。
焼けただれた遺体を想像したが
「大丈夫です。俺が確認します」
俺の家族だから。それに…
ここに寝てるのは別人かもしれない。
家族みんなで出かけてて、その時たまたま泥棒が入って、そんな時に1階が放火されたのかも。
だいたい、俺んちは3階だし。
…絶対………きっと…
知らない顔を想像し布を取ると、傷ひとつない母親の顔があった。
真ん中には弟の尚が。一番左に、擦り傷だらけの父がいた。
「…お父さんはご家族を助けようとされたんだ」
「寝てるみたいだ」
「一酸化炭素中毒だったんだよ」
信じられない。嘘だ。寝てるだけだ。
そっと母親の頬に手を近付ける。
『なぁ~んてね♪ 芯ちゃん!驚いた?ドッキリだよ~ん♪ ご~め~ん~』
いつもみたいに、嫌がる俺に抱きついてくるんだ。そうに決まってる。
ヒヤ…
触れた指を思わず引っ込めた。
固さと柔らかさの間。
「冷て……」
知らない感触。
やっぱり別人だと、思った。
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「斉藤君!」
肩を叩かれ、芯はやっと自分の事だと自覚した。
「これから塾?」
「行くんじゃったら一緒に行こう」
「うん。おんなじ所なんじゃし」
「な?行こう!」
大勢の女の子に囲まれていると
「ええのぉ~モテモテじゃぁ~!」
「チビを苛めたらイケン!言うちゃるな」
あはははは!と丸坊主で真っ黒な少年達が、チャリを加速させ通り過ぎる。
「馬鹿じゃないん?!」
「げにガキなんじゃけぇ!」
「気にせんでね?斉藤君、カッコイイけぇ妬いとんよ」
「気にしてねぇよ。俺、寄るとこあるし。またな」
芯はさっさとチャリに乗って走り去った。
キキッとチャリを止め、橋の上から大きな太陽を眺めた。
弟の誕生日。生まれた時間…
今でも覚えている。
芯はガラスの中に眠る小さい尚を、父親に抱かれて見下ろしていた。
窓なんてないのに、オレンジの光が包んでいるように見えた。
今日で尚也は10歳になる。
(生きていれば…)
あの事件の日も、その後も、芯は一度も泣いていない。
信じたくない
(分かってる。認めたほうがいいんだ)
今、俺はおじぃと二人で暮らしているけど、親父も母さんも尚も、どこかで幸せに生きている。
だから、別に寂しくない。
(もう、この世に、いないんだ)
「なんで?」
どうして俺だけ、、、生き残ったんだ…
「尚、誕生日おめでとう」
芯は、夕日につぶやいた。
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「芯! 今日も塾か?!…ゴッホゴッゴホッ」
「おじぃ。今日は絶対に病院行けよ」
時はゆっくり、そして確実に流れている。放火犯は捕まらないまま、1年の月日が過ぎていた。
「行かん行かん!それより芯、今日はカレーじゃ。塾でし~っかり勉強してな、はよぉ帰って来い」
おじぃは昔から、めったに会えない芯を溺愛していた。
昔はそれが鬱陶しかったが、今は、母親を思い出す。
「行ってきます」
足元で、ドサっと音がした。
「おじぃ!!」




