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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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57/58

57-芯の傷

その後の記憶は、断片的にしかない。

所々黒くなった壁。しかし、マンションは原型を留めている。ただ…鼻を刺激する臭いは、いつまでも消えない。


焼けただれた遺体を想像したが

「大丈夫です。俺が確認します」


俺の家族だから。それに…

ここに寝てるのは別人かもしれない。

家族みんなで出かけてて、その時たまたま泥棒が入って、そんな時に1階が放火されたのかも。

だいたい、俺んちは3階だし。

…絶対………きっと…


知らない顔を想像し布を取ると、傷ひとつない母親の顔があった。

真ん中には弟の尚が。一番左に、擦り傷だらけの父がいた。

「…お父さんはご家族を助けようとされたんだ」

「寝てるみたいだ」

「一酸化炭素中毒だったんだよ」


信じられない。嘘だ。寝てるだけだ。


そっと母親の頬に手を近付ける。

『なぁ~んてね♪ 芯ちゃん!驚いた?ドッキリだよ~ん♪ ご~め~ん~』


いつもみたいに、嫌がる俺に抱きついてくるんだ。そうに決まってる。


ヒヤ…

触れた指を思わず引っ込めた。

固さと柔らかさの間。

「冷て……」

知らない感触。

やっぱり別人だと、思った。


ーーーーーーーーーーーーーー


「斉藤君!」

肩を叩かれ、芯はやっと自分の事だと自覚した。

「これから塾?」

「行くんじゃったら一緒に行こう」

「うん。おんなじ所なんじゃし」

「な?行こう!」

大勢の女の子に囲まれていると

「ええのぉ~モテモテじゃぁ~!」

「チビを苛めたらイケン!言うちゃるな」

あはははは!と丸坊主で真っ黒な少年達が、チャリを加速させ通り過ぎる。

「馬鹿じゃないん?!」

「げにガキなんじゃけぇ!」

「気にせんでね?斉藤君、カッコイイけぇ妬いとんよ」

「気にしてねぇよ。俺、寄るとこあるし。またな」

芯はさっさとチャリに乗って走り去った。


キキッとチャリを止め、橋の上から大きな太陽を眺めた。

弟の誕生日。生まれた時間…

今でも覚えている。

芯はガラスの中に眠る小さい尚を、父親に抱かれて見下ろしていた。

窓なんてないのに、オレンジの光が包んでいるように見えた。

今日で尚也(なおや)は10歳になる。

(生きていれば…)

あの事件の日も、その後も、芯は一度も泣いていない。

信じたくない

(分かってる。認めたほうがいいんだ)

今、俺はおじぃと二人で暮らしているけど、親父も母さんも尚も、どこかで幸せに生きている。

だから、別に寂しくない。

(もう、この世に、いないんだ)

「なんで?」

どうして俺だけ、、、生き残ったんだ…


「尚、誕生日おめでとう」

芯は、夕日につぶやいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「芯! 今日も塾か?!…ゴッホゴッゴホッ」

「おじぃ。今日は絶対に病院行けよ」

時はゆっくり、そして確実に流れている。放火犯は捕まらないまま、1年の月日が過ぎていた。

「行かん行かん!それより芯、今日はカレーじゃ。塾でし~っかり勉強してな、はよぉ帰って来い」

おじぃは昔から、めったに会えない芯を溺愛していた。

昔はそれが鬱陶しかったが、今は、母親を思い出す。

「行ってきます」

足元で、ドサっと音がした。

「おじぃ!!」


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