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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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58/58

58-出会い

救急車の中で、芯は、震える身体を抑えられなかった。下を向き、必死に神に懇願し続けている。

(おじぃを連れていくな!頼む!頼む!!)

凄まじい孤独感。


親父も、母さんも、尚も、生きかえってくれよ!

いや、死んでてもいい…

俺を、一人ぼっちにしないでくれよ!!


固く結ばれた芯の両手を

しゃわっ

おじぃのシワだらけの手が、包む。

「おじぃ!!」

「ビックリしたか? 芯。ふっふっふっ……ド、ドッキリじゃ」

力無く笑うおじぃの手を、芯は、しっかりと握り返した。


冷たくなってるけど…

生きている

生きている

生きている


「良かった…」

震えは、身体じゅうを走り続けた。


たった2週間の入院だったのに、おじぃは、小さく弱々しい老人になっていた。

夜中、何度も部屋を覗きに来る芯に、おじぃは熱いお茶を入れてやった。

「死んどりゃーせん!!ありゃーただの風邪じゃ!」

「肺炎で死んだジジィなんて、イッパイいるだろ?!」

「わしゃジジィじゃねぇわ!!!ヤングじゃ、ヤング。」

張り詰めていた空気が、一気に緩む。

「…ヤングって」

大人びた笑いを浮かべ、芯が下を向いた。

そんな芯を悲しそうに見つめながら、咳を飲み込んで、おじぃがお茶をすする。

「芯は、わしに似とんじゃけぇ」

「似てねーよ」

「モテるじゃろぉ? 彼女は?」

「は?」

「何人もおるんか?! そりゃいけん!! 1人に絞ぼらにゃぁ!」

「1人もいねーよ!」

「なわけ無かろう! 冴子の息子で? わしの孫じゃ! 好きな子にさっさと告白せぇ」

「……」


好きな子?

いない。

恋愛なんて、自分には関係ない気がする。


「もういいよ。俺、寝る」

「芯」

立ち上がる芯に、おじぃが言った。

「はよぉ、好きな子、見つけてなぁ…結婚せぇよ」

冗談だと思ったのに、おじいは、真剣な顔をしていた。

「普通はな、家族っちゅうんは増えていくもんじゃけぇ。お前はそれを経験せなイケン」

「……。」

「好いた子がおると、守るもんがあると、強ぉなれるけぇな…。強ぉ、なれる」

芯は流しにコップを置いた。

「それなら、おじぃ。俺が結婚出来る年になるまで、、生きてろよ」

「なぁ~にが、なにが!!あと何十年も、芯の子供や孫が結婚するまで、死にゃーせんわ!」


布団から天井を見つめる。

「家族…好きな子…守るもの」

強くなりたい。


芯は目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーー


出会いは、雨の中だった。

路面電車の横を、チャリで駆け抜ける。

ふと、犬の吠える声が耳に入った。

シャッターの降りた店先、怯える高校生に犬が激しく吠えている。

犬の後ろを、チャリで通るその瞬間、棒立ちの高校生と目が逢った。


ポロ…

流れる涙。


ド、ックン!!

誰かに胸を殴られたように感じた。

我にかえった芯は、急いでブレーキをかけ、チャリを投げ捨てた。

傘を握りしめ、犬に近づく。

怖くはなかった。なのに、後頭部の髪が逆立ち、全身から血が噴き出るような感覚に襲われる。

ゆっくりと、芯が傘を持ち上げる。

殺気が、空気を震わせた。

その途端、尻尾を丸めた犬は路地へと消えていった。


息を止め、身を硬くしていた女の子が、ヘタヘタとしゃがみ込んだ。

「…ぇっぇっ…」

初めて聞いた声は、鳴咽だった。

「えっと…怪我ない?」

芯は、女の子の目の前にしゃがんだ。

立っていても低い自分の身長を、隠したかった。

女の子は震えている。雨で濡れた長い髪が、彼女の顔を隠してしまう。

「…大丈夫?」

コクリ。女の子は小さく頷く。

(ちっちゃい子みたいだ…)

芯は優しい気持ちになった。

伏せられていた長い睫毛が、ゆっくりと持ち上がって…


濡れた瞳は、まっすぐに、芯の真ん中を射ぬいていった。

女の子の大きな黒目は、緑を含み、潤んで、世界を美しく映し出している。

(すげー綺麗…)

見つめ合った二人の時間は、長い間止まっていたように、芯は感じていた。


高校生が、何か言おうと口を開きかけた時、

「麗ちゃん!?!」


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