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瞳孔を冷やして。  作者: 橘樹 杏果


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54/59

54-美波

美波は独り、バーにいた。

店主は笑顔でタオルを貸してくれた。

タクシーで来ていたので少しも濡れていなかったが、髪をふく真似をして、そっとお腹にタオルをかける。

「飲まないのか?」

やけになって頼んだお酒。美波は飲めないでいた。

「やっぱり止めよ。産んだ子供で苦労とかしたくないし…」

美波はいたって冷静だった。


タクシーを呼んでホテルへ向かう。大粒の雨が、窓に水の筋を書きなぐっている。

ピカ!と稲妻が走り、しばらくして、ピキ…っドン!!

「ハワイで雷なんて、珍し…」


不安な気持ちで、座席の窓から、ぼやけた町並みに目をやると…道端に黒い塊が浮かび上がって見えた。

まるで、自分の心に住み着いた暗闇に思えて、すぐに目をそらす。

雨足は弱まりそうにない。

タクシーが赤信号を守って停車した時、日本語が耳に入って来た。

「あれは…芹沢芯…」

芯がずぶ濡れになりながら、何かを叫んでいる。

「STOP!」

美波は借り物の傘をさし、タクシーを降りた。

「芹沢さん!!」

振り返った芯は

「…良かった」

心の底からホッとした顔を見せた。


(そんなに私を探してくれてたんだ…)

芯の髪をつたい、はだけた胸元に水滴が流れていく。

美波はドキドキした。

「心配かけてごめんなさい。私、ちょっと身体冷えちゃってますけど、なんとか平気ですよ。私、すごくショックでもう気が動転しちゃって。私…私…」

「…あれ?」

「冷やしちゃいけない身体なのに」

「…麗叶は?」

タクシーの中をのぞきこんだ芯が、振り返って聞いた。

麗叶の名前を聞いて、美波の形相が変わる。

「は?! なんで私が?! あんな女、知ってるわけないでしょ!!」

「…一緒じゃねえのか…クソ!」


ピキピキ…ガガガン!!

「キャー!!」

美波は芯の腕にしがみついた。

「早く帰りましょ。きっとその女は、とっくにホテルに」

「まだ探してる」

「……誰を?」

「あんたをだよ。あんたが帰って来てないのを知って、一人で探しに行ったんだ。あのバカ!」

「…知らないわよ。そんなこと言われても」

「トラウマなんだ」

「え?」

「あいつ、雷、本当にダメで」

「私だって雷は怖いよ!! 女の子はみんな」

「なのにホテルから飛び出した」

美波は傘をさしたまま、ゆっくりと芯から離れた。

「…。。何が言いたいの?」

「ホテルマンにあんたとの関係聞かれて、言ったらしい」


ピカっと周りが鈍く光る。

「She is MY SISTER」

ガラガラガラ…


「…だから?」

美波は精一杯、芯を睨みつけた。

「あいつは、ついさっきまで家族だと思ってた奴が、他人だったって知ったんだ」

「今まで知らなかった? 気付いてなかったって言うの?! ありえない!!」

「なのに、あんたを妹だって言ったんだ。妹だって…」

美波はどうしたらいいのか、分からなくなった。

「あんたは妹で家族。だから雷ん中あいつは探してる。今も」

「……私…」

「あいつの家族に…なってやって欲しい」

「…。」

「独りは…寂しいからな」


美波は胸が苦しくなった。

芯の瞳が、あまりにも淋しい。


「ホテルに帰ってろ。俺はもうちょっと探」

ピキ!

その強い光で美波は気づいてしまった。

「もしかして、さっきの…」


美波はタクシーに乗り込んだ。そして運転手にUターンするよう告げる。

「乗って。あの黒い塊…。人だったかもしれない」

二人を乗せたタクシーは、走り出した。



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