54-美波
美波は独り、バーにいた。
店主は笑顔でタオルを貸してくれた。
タクシーで来ていたので少しも濡れていなかったが、髪をふく真似をして、そっとお腹にタオルをかける。
「飲まないのか?」
やけになって頼んだお酒。美波は飲めないでいた。
「やっぱり止めよ。産んだ子供で苦労とかしたくないし…」
美波はいたって冷静だった。
タクシーを呼んでホテルへ向かう。大粒の雨が、窓に水の筋を書きなぐっている。
ピカ!と稲妻が走り、しばらくして、ピキ…っドン!!
「ハワイで雷なんて、珍し…」
不安な気持ちで、座席の窓から、ぼやけた町並みに目をやると…道端に黒い塊が浮かび上がって見えた。
まるで、自分の心に住み着いた暗闇に思えて、すぐに目をそらす。
雨足は弱まりそうにない。
タクシーが赤信号を守って停車した時、日本語が耳に入って来た。
「あれは…芹沢芯…」
芯がずぶ濡れになりながら、何かを叫んでいる。
「STOP!」
美波は借り物の傘をさし、タクシーを降りた。
「芹沢さん!!」
振り返った芯は
「…良かった」
心の底からホッとした顔を見せた。
(そんなに私を探してくれてたんだ…)
芯の髪をつたい、はだけた胸元に水滴が流れていく。
美波はドキドキした。
「心配かけてごめんなさい。私、ちょっと身体冷えちゃってますけど、なんとか平気ですよ。私、すごくショックでもう気が動転しちゃって。私…私…」
「…あれ?」
「冷やしちゃいけない身体なのに」
「…麗叶は?」
タクシーの中をのぞきこんだ芯が、振り返って聞いた。
麗叶の名前を聞いて、美波の形相が変わる。
「は?! なんで私が?! あんな女、知ってるわけないでしょ!!」
「…一緒じゃねえのか…クソ!」
ピキピキ…ガガガン!!
「キャー!!」
美波は芯の腕にしがみついた。
「早く帰りましょ。きっとその女は、とっくにホテルに」
「まだ探してる」
「……誰を?」
「あんたをだよ。あんたが帰って来てないのを知って、一人で探しに行ったんだ。あのバカ!」
「…知らないわよ。そんなこと言われても」
「トラウマなんだ」
「え?」
「あいつ、雷、本当にダメで」
「私だって雷は怖いよ!! 女の子はみんな」
「なのにホテルから飛び出した」
美波は傘をさしたまま、ゆっくりと芯から離れた。
「…。。何が言いたいの?」
「ホテルマンにあんたとの関係聞かれて、言ったらしい」
ピカっと周りが鈍く光る。
「She is MY SISTER」
ガラガラガラ…
「…だから?」
美波は精一杯、芯を睨みつけた。
「あいつは、ついさっきまで家族だと思ってた奴が、他人だったって知ったんだ」
「今まで知らなかった? 気付いてなかったって言うの?! ありえない!!」
「なのに、あんたを妹だって言ったんだ。妹だって…」
美波はどうしたらいいのか、分からなくなった。
「あんたは妹で家族。だから雷ん中あいつは探してる。今も」
「……私…」
「あいつの家族に…なってやって欲しい」
「…。」
「独りは…寂しいからな」
美波は胸が苦しくなった。
芯の瞳が、あまりにも淋しい。
「ホテルに帰ってろ。俺はもうちょっと探」
ピキ!
その強い光で美波は気づいてしまった。
「もしかして、さっきの…」
美波はタクシーに乗り込んだ。そして運転手にUターンするよう告げる。
「乗って。あの黒い塊…。人だったかもしれない」
二人を乗せたタクシーは、走り出した。




